« 2006年8月 | メイン | 2006年10月 »

2006年9月

2006年9月30日 (土)

またもや……

またもやパソコンの故障です。しばらく休載します。
今回はモニターが壊れました。月曜日に物色に行く予定。
今、自宅から95ウィンのノートから記載しておりますが、
意外と使えるものです。ではでは……

異議あり

欲しい情報はいろいろあるのですが思うようには入りません。私のこのブログは、医師や看護師さんも見ておられるのですが、ご覧の通り関係筋からの書き込みはありません(笑)まあ、それはいいとして比較、比べても仕方がないが医師のブログが少ないのです。

それでもブログで気分転換されるお医者さんはおられます。患者への苦情、注意点が欲しいが……ないですなあ。それでですね。面白い、面白くはないか(笑)貴重なサイトを見つけました。お知らせします。「医師が発信するブログサイト」といいます。いいお医者さんが見つかるかもしれません。
http://blog.m3.com/

ハンドルで書かかれると思いますが、県内のブロガー医師が見つかるでしょう。あと取材、つまり知りたい事をあぶり出せます。
たとえば「コンタクトで失敗」での、私の記載、
「コンタクト眼科では若い外科の医師や、年取った小児科医がやっている例もあります。名目ですから飾り……実際問題には対応できません」という記事があります。これ2チャンネル情報です。例もありますト言い切るのはまずい。正確ではないのか?

あれは実は裏が取れていました。厚労省のある関係者がコンタクト眼科の募集広告を見ます。「院長募集、未経験者可」とあり、これはまずいと思う。でコンタクト眼科に圧がかかります。だがブログ氏は、厚労省のやり方は経済面を無視している、ト反対批判します……つまり私の書いた通りです。

患者の目よりは経済が大事、未経験者の内科医や外科医で今までやって来たじゃないか。コンタクトトラブルは多いがそれでもいいじゃないか……そういうブログ氏に反発すると、私の書き方になる訳です。ブログ氏を中傷しない為に名前は伏せますがね。

経済の為に患者の目はもういいのですか? こういうの書けるのは医師会が代議士を雇い、政界の物言えるからではないでしょうか。医師にケンカ売る気はないのですが、この現実に納得がいきません。異議申し立てます。

2006年9月29日 (金)

夢の中の女 2

逃げる女を追い、私は二の丸へ走ります。女は川沿いの道を行きました。裏をかく。地理に強い男の特権であります。城下町の道はゆるやかに捻れ、登り坂はやがて下り、橋にかかります。荒い息をしながら歩いて来た女の、背後から近づき脇に腕をすり込みます。

闇の中で白い顔が険しくなり、腕の強さに気が付き、諦めます。
「逃げないから腕をゆるめて」息の乱れの艶かしく、
「どこへ連れていく気?」女は私に聞きます。
――どこへでも、あんたの好きな方さ。行く所へ行ってもいい。そっちこそ、どこへ行きたい。

夜の中で宿のネオンと案内板が光り、女の顔を照らす。案内を見る女の表情に迷いがある。
――どうしたい。行きたくなければどこへも行かず、この先の十字路で別れようか? 嫌なら判れてもいいが、二度と私の行く手に現れるな。

「待って、あなたに頼みがある。聞いて」
女は誰にも化けず、見たことのない顔をしている。
――何だ。
「あたしの母は本州の出なのよ。35年ぶりに母は本州に帰りたいという。あたしと母を帰して。本州に帰れば2度と、あなたの夢には出て来ない」

夢の中で女はそういう。私は翌日の夜、女とその母を乗せ、車で山口に向かう事になる。その用が嫌だ面倒とは思わなかったが、気になる事があった。35年前に母親は何をしに熊本に来て、なぜ今、元に帰ろうとするのか。

「どこでもいいけど、山沿いの道に進んで」女の母が私に言います。湿り気のない乾いた声です。私は海沿いを離れて走ります。
――どうでもいいが、あんた達、何しに熊本に来たんだね?
二人同時にフッと笑ったように息が合い、あとの言葉を待つが声がしない。バックミラーで様子を伺うが暗くて見えない。

二人はいなくなったように気配を消します。振り向いて声をかけようとチラと後ろを向いた瞬間、車が何か踏んで、嫌な感触が車体を揺する。車を止めて降りて後ろを見るが事故の気配はない。のっぺりした夜の道が見えるだけです。

――やれやれ、何だったんだろう。
後部座席をのぞくと二人は席にいません。車の周囲を見回しても誰もいません。ああ、やられたんだト思う間もなく、私の車までも消えてなくなり、私は船場川の船場橋のたもとに立っている。

あれから私は夢を見なくなり、あれはどこまで夢か、もう判りません。夢の意味はむろん判りません。ただ女は2度と夢に出ないト約束して。その約束を守ったようです。

実際、こういう夢を見た訳ではない夢十夜に習った小説です

2006年9月28日 (木)

また医師の話です

開業医にも専門がある。いえ私は前からそう思っていましたが、毎日新聞27日がうつ病は「うつ専門医に」と書いています。完治するうつだが適切な治療を受けているのは25%に過ぎず、セカンドオピニオンが有効としています。

セカンドオピニオンとは第2の意見ですが、つまり病院変えを指すこともあります。身障者の病院といえば大体は整形外科になります。相談員をやっていると「どこがよかろか」トよく聞かれます。この場合、真剣に悩んでいる訳ではなく一般論で聞かれています。

整形といっても脳卒中の場合は、リウマチとは違います。
――脳卒中でしたらA病院がいいのですが。
「A病院はA先生てい。あの先生は若いばい。大丈夫かな」
――あそこには卒中の患者会があって、患者さんが励ましあってリハビリに勤めています。
「わ、オラ、リハビリは好かん。そしてA病院な、遠か。いかんいかん」

脳卒中はリハビリが大切です。どれだけリハビリ出来るかで決まると言って過言でない。そこを否定されると勧める甲斐がありません。リウマチにも新方法を導入したB病院、比較的若い医師がいて、私は注目しています。病気を治すのは経験だけでもありません。

聞かれれば言いますが無理に行けとは言いません。身障者同士で、あそこの病院はどうのこうの、上手下手という場合、根拠がないので困ります。最近は病院で漠然と専門化して来ています。卒中はうまい病院ですがリウマチは上手でない。

どういう薬を使い、どういう方針を持たれるか。それを見なければなりませんが……大変むつかしい。判らないのです。あたり前ですが私も責任は持てません。そういう医師はいないのではないか? いえ、別な意味でいらっしゃいます。

私が扁桃腺を腫らし、近所の内科に行った時、
――扁桃腺とは思いますが足も痛い。腰かもしれません。どっちだか判らないので明日、福岡に行ってみます。
その内科医は専門外の、股関節の病歴を詳しく聞き、
「昔の病院に行ってもカルテはない。ボクでよかったら大学病院を紹介します。その症状は一般ではダメ、今からすぐと、明日の朝、抗生を打ってあげますから、それから別の病院に行く。そうしませんか?」明晰な一言でしたねえ。

結局、その2本の注射で熱が引いて、大学には行きましたが何が何だか原因が判りません。この話をすると「その先生は誰か」聞かれます。こういうのは違うんですよね。それは内科の医師で、整形の代わりはお出来にならない。かえって迷惑だと思うんですが……

2006年9月27日 (水)

詐欺は撃退できるか?2

被害者もやがて加害者になるタイプのマルチ商法の詐欺と、オレオレ詐欺は区別した方がいいでしょう。昨日、セミナーで「儲かります。投資とマルチ」に行って来ました。投資話の問題はよく判らない、怪しい話に乗っている事です。

うまい話に乗って人を出し抜いてやろう。自分だけ儲けようトいう人が詐欺にかかります。そういう意味で本人にも罪がある、そういっていいと思います。マルチに関しては友人、知人を引き込む、さらにはっきり罪があります。

私がここで「トヨタの株でも買えば?」トいうのとは違います。小西真奈美さんが野村で国債買うのとも違います。国債や県債程度の利子では飽き足らず、多分、トヨタの配当でも飽き足らずにたぶん先物取引をされるのです。

先物では、もう少しハデな事をいいます。1,5倍とか2倍とか、3百万が5百万になると言う。そこには最初からキナ臭い非合法の感触があるのです。全部、本人が悪いとは言いませんが、最初から関心がない。そういう人の方が多いのです。

何だか新聞に載りそうなヤバイ話です。熊本はねずみ講、発祥の地ですから、好きな人が多いのかも知れませんが(笑)知人を誘うと儲け金が嵩む。マルチに類する事は私はやりません。気が小さいので出来ないと言った方が正しいでしょう。

マルチはある程度、人が悪くないと出来ません。どこか他人を穴に落としてでも自分だけ得をしたい。マルチの話を持って来るような友人とは深い付き合いはしません。マルチの話の出るような仲間は切った方がいいと思います。肩書きに長のつく立場でこれやると被害は大きくなります。

マルチは残党が生き残り、数年するとまたやります。前回とよく似るのですが、少し違う。また引っかかる人は、今度こそ、うまくいく気がするといいます。儲かった貯金通帳を見せる人もいます。見てうらやましくなる人もいます。

人の心は弱く物欲しく淋しいのです。不運だった今までを取り返そうと思う。諦めの悪さが、悪事に引きずり込むのかも知れません。人の世はどこか賭博場に似ている。私が引いた身障という博打の目は、いくら賭けても取り戻せない負債です。私はこの件に関して諦めています。

2006年9月26日 (火)

詐欺は撃退できるか?

詐欺被害について産経新聞が興味深い指摘をしています。9月23日 なぜか大阪では被害が少ない。東京の約1割というのです。ここまでが事実、推測の理由になりますが大阪の持つ風土、「おばちゃん」と「商人気質」と書いています。

電話をかけてきた詐欺師に「あんさん、誰?」「息子はオレオレいう名前とちゃいま」と突っ込み返し、おばちゃんは詐欺を撃退するというのです。大阪人は日常会話でツッコミを入れて楽しんでいるが、実はボケにも機転が求められる。

大阪人は濃密な近所とのコミュニケーションで、ふだんから会話を鍛えていて、予期しない電話、振込詐欺にも対応できるトします。さらに駒沢女子大教授の富田隆さんは、詐欺に遭わないには「目標を持って主体的に生き」ようと言います。

「夢に向かって生きている人はだまされにくい。実現のために家族のサポートも得ようとするなど人間関係が広がっていくからです。親密な人間関係を持っている人はストレスに強くパニックにも陥りにく」いと話します。

主体的でストレスに強い生き方、広く濃密な人間関係です。むろん、それは出来ないト諦める人もあるかも知れません。高齢者は主体のない生き方に馴れます。みんなと一緒がいい。聴覚障害者は手話が頼りです。手話なしでは生きられません。

ほかにも信者は教祖に下駄を預け、男は女を信頼します(笑)中年以降に、まさか自立されるとは思わない。油断ですなあ……フロ、ビール、メシ? 簡単です。そんなの自分で出来ますって! やればいいじゃないですか? ジェンダーって何だあ? 奥さん言ってましたか? あれも歴史古い。一頃の社会主義みたいなお題目。

子供に殺される親もあれば子供を殺す親もいる。鬼子母神って昔からあります。教祖に全財産を取られる信者もある。耳悪くとも、たまには手話を疑った方がいい。介護者って金で雇った人でしょ。いえ、自分で出さなくとも役所が金出します。高齢者より金くれる役所が好きです。

現実、そんな世の中ですもの……昔? もう昔はどこにもありません。北朝鮮やイランに逃げ出しますか? いえ本当に、そういう人もいましたよ。結局、帰って来ましたがネ。どうするって、手本は簡単、大阪のおばちゃん。今日は私も、おばちゃんになって書いてみました。

書いてみれば特別じゃない、当たり前でしょ。詐欺が悪いのは判っています。問われているのは我々の生き方です……とりあえず、がっははは、と笑いましょうか。

○OhMyNewsが支援法をからめて精神障害者の「社会的入院」について取り上げています。2006-09-25

2006年9月25日 (月)

夢の中の女

夢の中に出てくる女がいます。夢だから漠然とした服を着て、見ても誰だか判りません。第一、顔にはベールがあって目も鼻も、ぼんやりあるだけで、はっきりした事は判らない。いつものように喫茶店に行くと、店の奥にその女がいます。

いつもといっても夢の中です。そういう設定になっています。女に「やあ」と声をかけて、それからブレンドを注文して、朝日新聞をラックに取りに行きます。私が座ろうとした別の席に、あの女が移って来て座っています。

席替えをするのは可笑しいのですが、これも夢ですから怪しくない事になります。ただ席を替わったについては理由がある。理由は判りません。それとなくは聞いてみます。
――今日はどうですか?
「今日は、ご一緒します」
――ああ、どうぞどうぞ。
私は新聞を2つに分けて1面のある方を女に渡します。

女は新聞を受けておいて、
「随分ね」というのです。
何が随分なのかは私には判りません。
――そうですかあ。じゃあ、取り替えましょう。
半分の新聞を差し出しますと、女も何もいわずもう半分を渡すのです。新聞を読んでいると女は奇妙な事をいい出します。

「わたしと何処で会ったか、思い出せないのでしょう?」
――おや、初対面じゃありませんか? 昨日はどこの喫茶店でしたか? 確かに思い出せませんねえ。
私が女に答えると、そうではないというのです。
「昔、あなたに会った。あの時の事を思い出して欲しい」というのです。

最近、女は前世の話が好きですから、てっきりその話だと私は思います。近所の旅館の女将がいうに、私は前世でコロンブスが使った羅針盤の文字盤だったトいうのです。
「あなたは羅針盤の針かなんかですか?」と聞くと、女はそんなのではないトいう。

「小学校で3年の時、わたしは隣の席に座っていた。ほら、北よし子よ、覚えがあるでしょう?」そういうのです。ベールの向こうの目のあたりに、そういえば、北よし子の面影があるような気がします。私が北よし子のつもりで話していると、よし子は突然笑い出します。
「思い出さないの。この話は昔したでしょう。あたしと」よし子がそう言うと、私はそんな気になります。

「わたしよ。わたしは中学で一緒だった、南さち子なの」トいいます。私はいつか、さち子とよし子の噂をした気になります。さち子は何か咎めるように鼻先を尖らせ、ベールの向こうでひくひくと鼻を動かします。

そう、それから女は東まさ子になり、西よう子になり、私は翻弄されて、その度に女が誰だか判らない。それで腹が立ち、女の顔からベールを剥ごうと思い立ちます。私はコーヒーカップがテーブルから落ちるのもかまわず、女を抱き寄せてベールを取ります。

見慣れた顔でした。その女は私の母だったのです。しかし母はみるみる毛むくじゃらの獣になって、一匹のむじなになって喫茶店の裏口に走り出します。喫茶店の夢はそこで途切れます。

あの喫茶店は現実に船場橋の橋のたもとにあった店です。昔、小泉八雲が熊本を歩き回り、あげくむじなに騙されたという船場川の船場橋、丁度あのあたりです。

実際、こういう夢を見た訳ではない夢十夜に習った小説です

2006年9月24日 (日)

読まなかった本

もう読んだ本か、買っていない本か判らない事があります。私の場合は「超勉強法」がそうで、買わないでいました。タマタマそうなったのでなく原因が判りました。ひいきの野口悠紀雄さんには超整理法シリーズから入りました。

正編、続編、3作目、パソコン超整理法の4冊ありまして、超勉強法は実践編を先に読んだのです。それから超文章法に行きました。TVラジオでも聞きます。超勉強法も読もうとは思っていて、読みそびれます。古本屋で超勉強法を見つけパラパラ眺めます。

さて買ったものか?(笑)なんとなく読んだような気がする。この本は目次を帯に書いてます。勉強の基本3原則は面白くする、全体バランス、そしてやり過ぎない。つまり、いい意味での興味本位、それには必要に止め、完全主義に落ち入らない。

私の考えは基本的に野口さんです。読んで似たのか似ているから読むのか、そこは、はっきりしない。読んで役立てたいというより同好者として共感したい(笑)生意気ですねえ。そういう感じがでないと何冊も、読みません。

ひっくり返すと読んでも読まなくともいいんですネ。せいぜい再確認でしかない。具体的にいうと勉強の第一、好奇心任せ、好奇心が薄れると記憶力も薄れます。義務でやると能率が下がって形式になります。形式は役に立たない。自己満足にはなりますがね。

欺瞞に陥り勝ちになります。1から2に、2から3に順を追ってキチンとしないといけない。昔、普通の小、中学校ではそういいました。ところが「好きな所を好きなだけやって下さい」今は放送大学あたりに行くと、そういう方針ですね。

そういわないと生涯教育にはなりません。生涯教育というのは具体的に何かに使う事が前提です。使うのが目的で、教育される事自体が目的ではないのですね。知識や、やり方や、考え方を駆使して、限りある自分を豊かにします。

たとえばザルで水を汲む話をして能率より精神と、説教される方があります。あれはいりません。ありがたくないです。水を汲みたいならバケツです。ザルの水もバケツの水も、水に違いはありません。精神ってつまらない事があります。

野口式には変な精神主義がない。それで私は好きなのでしょう。昔、変な精神主義が流行りました。息の詰まるような勉強法がありました。あれで勉強嫌いになった人もいるでしょうねえ。受験勉強はまあ、そうで、両親のために勉強で出世しなければいけない。

反動で自分の為でも勉強はしたくない、そう思うようになる……のかも知れませんなあ。みんなゲームに行きます(笑)物忘れの防止というのでオジサンオバサンまで、この調子で行くとオバアサンオジイサンもゲームして本忘れますか? 読んだ本をまた買うようになる!

2006年9月23日 (土)

パワーポイント講座 第3回

むろん書面を整えるのは大事ですが、分かればいいのです。それより何が大事かどこが重要か? 発言のポイントをどう置くか、そこが一大事になります……と私は思うのですが、人それぞれかも知れません。

怖かったのはトヨタで中間発表した時で、一番発表者は緊張が透けて見えるほど緊張されました。発言が終わると担当といいますか、選任者が質問をします。大学教授、年配の先生であります。事と次第によっては研究助成を取り消すぞ、そう聞こえます。

そうは言いませんが、やる方には聞こえます。それ最初の3人くらいの発表でだんだん緩くなって、終わりの方はどうでもいい感じです。何せ、お年でらっしゃいますから……パワーポイントの話になかなかなりません(笑)今は私が年なんです。

発表もヘタすると墓穴を掘ります。パワーポイントは論点を明確にする道具でありまして、内容がないのも明確になってしまう。危ないですよ。質問が出て答えられない。滅多にありませんが、悪い夢のようにはあります。

最初から終わりまで俯きかげんに原稿を読まれる方があります。あれはボロが出ません、評価もされませんがね。それでいい時はそれで済まそう……授業中にバカな事を考えています。昨日、ソフト持ってない人と書きましたが、持ってない人が多いようです。

ワードでも使える部分が強調されますから、ワード、エクセルが済んだ流れで少し何かやろう。そういう意味あいもありますね。正確な人数内訳は、
20代男性1、女性0。
30代男性1、女性3。
40代男性0、女性3。
50代男性2、女性4。
60代男性3、女性1。
70代男性5、女性0。……という所です。

では本日のワンポイントレッスンです。さまざまな作業がありますが、幾つか同じ作業を繰り返す場合に使います。その作業を並べておいて、その一つをやる。直後、F4キーで繰り返します。

「私はパワーポイント講習に行きました。」と書いて、F4キー、
パワーポイント講習に行きました。となります。「私は」抜けました。もう一度F4。パワーポイント講習に行きました。ですね。そう、なりましたでしょう?

講習は来週も3日あります。むろん行きますが、ここでの記載は省略するかも知れません。そろそろ飽きましたので。ではまた。

2006年9月22日 (金)

パワーポイント講座第2回

ではパワーポイントが私に必要なのか? いろんな講演で誰かがパワーポイントを使われるのは、もう珍しくありません。ただ、あれは何回か使いまわしの講演にはいいのです。私は1回きりの発表を何度か、やらされた、やるはめになった。まあ今後はないでしょう。

必ずしも必要でない。まあ過剰ですなあ。パワーポイントは自分のパソコン環境と出先の環境が、あまり違うと使えません。実用度は割りとないのです。講座の生徒さんも、そもそもソフトをお持ちでない方もいらっしゃいます。失礼ながら需要が高くは?(笑)

2000版では印刷プレビューがない「文字の打ち込みには癖がある」ワードやエクセルと、ちと要領が違います。動きはなめらかとは言えません。ソフトの完成度が低いのです。03版05版ではプレビューも出来、直ってきていて……07版が出るそうです。パワーポイントはハードも高い環境を要求します。00版での独習はむつかしい。

そういう講座に80代の方はいらっしゃいませんが70代の方が多いです。TV「中高年のパソコン講座」によると、80代以上のパソコン使用者は04年から見て05年では57%増え、インターネット使用も39%増えます。他の年代では頭打ちの傾向があるのに飛躍的な伸びとなります。

ハードにもソフトにも敷居は高い中、この講座もまあ私のような人が多いと思います。需要と必要の見極めが、それほどうまく行っては? 奥歯に物の挟まったような物いいですか? ワードエクセルを使うなら、十分使い込めば発表は、プリントで出してもいいのではないか? そういう気もしますなあ(笑)

これはですね。ウィンドウズにフロントページが付いてるからHPを作ろうかトいうのと似ています。HPスペース取ったのにホームページは出来ない、もったいない。ええい、ホームページビルダー買っちゃえ。あ〜あ、今月もまた支出か。コレだからパソコンは金食い虫。

○○さんはブログ作ったっていう。HPスペースじゃないから無料で、教則本も講習もなくて15分で出来たっていう……じゃない! ああ悔しい。何で私だけこうなのよ……そうなって行きそうなパワーポイントであります。

ただ、パソコンで世界を広げたい、せっかくパソコン買ったのだからとの意欲は感じます。それはどんな形で実を結んでもいいと思います。別に人事で笑っている訳ではありません。オフォス2000を「プロフェッショナル」で買い、パワーポイントをこの講座まで寝かせていた私ですから、ハイ。