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2006年7月

2006年7月30日 (日)

先週の視聴率

先週は視聴率が上がりました。先々週の3倍くらいで、何がヒットしたかは、よく判りません。単純に数字とタイトルを重ねると、任意保険2の、自動車保険の見積もり表です。あんなもんで視聴率上げてもとは思います(笑)

その前後のブログでも全体に上がっており、そうなると何がなんだか判りません。みなさま自由に見て下さい。役に立つなら立てて、立たなければ寝かせて下さい。笑える所は笑ってやって、そうでなければ途中で読み止めて下さい(笑)

よそのブログと読み比べると、私のは文章が長いですね。女性はそういう傾向にあるのですが、一般に男の文は短いです。アアでもないしコウでもない。私は、うじゃうじゃ書いております(笑)世のネーちゃんというかオバサンは、大体このパターンです。

つまり読む人の福祉より、私自身の発散の傾向にあります。昨日書いたアゴタさんが、むろん女性ですが、プリミティヴィズムの後にハードボイルドに行かれます。自分の美化です。男は一度はハードボイルドを書きたがるもんです。

女性は、それは一代記でしょう。人によっては何本も一代記を書きたいらしい。私は男ですから、それは判りません。アゴタさんが一代記に走らず、ハードボイルドに行ったか? 一人の男の感覚、美学で斬ればいいからだと思います。語学に自信が持てなかったのだと思います。

語学の問題を低くクリアーしたと思います。その意味での必然というか、あるような気がしますねえ。私の文章も変形のハードボイルドなのかなあ、そう思うこの頃であります。しかし語学の問題を高くクリアーすると、一代記になるのか?

世のオバちゃん&オネーちゃん、教えてませませ……アゴタさんのニヒリズムに感染してるのか? 私まだ変です。それとは全く関係なく、桂子米朝さんによるモーツァルトベスト10です。これNHKがHPに入れてません。

1、オペラ コシ・ファン・トゥッテ k588
2、クラリネット協奏曲k622
3、ピアノ協奏曲27番k595
4、交響曲40番k550
5、オペラ フィガロの結婚k192
6、クラリネット五重奏曲k581
7、ピアノ協奏曲20番k466
8、アイネクライネナハトムジーク セレナーデ13番k525
9、交響曲41番ジュピターk511
10オペラ 魔笛

さらに、いらん世話でありますが(笑)オペラやクラリネットは買いづらいでしょうね。あとはドコにでもあるでしょう? 熊本市だと阪神デパートの本屋さんに三百円CDがありまして、ここの6枚がありました。

2006年7月29日 (土)

アゴタ・クリストフ

文盲のタイトルにひかれたのではありません。話としてはひどい話なのです。本の好きな少女が言葉を奪われて行く。そんな事があるんです。他の国から土地を奪われ、家族をうばわれ、そして言葉を奪われる。そんな事があるのです。

アゴタ・クリストフという作者名はアガサ・クリスティに似ています。悪童日記という小説で作者は登場し、日本の若い人にも受けます。悪童日記は戦争下の東欧を舞台に、9才の双子の子供が生きのびる話です。

作者はハンガリーに生まれ、フランス語で書かなければならなかったといいます。私もその状況を理解できたとはいえません。ただ、奇妙な小説に魅了されました。双子は欠乏の中で生きて行きます。それは私が病気になった時の事を、連想させました。

何もない中でつむぎ出される言葉はプリミティヴィスム・アートでありました。やがて母が来ると信じる双子に、読者は反対の予感をいだくのです。すべての希望が失われた後で、読者は最後の希望を持ちますが、それも失われる予感に苛まれます。

ストーリーは書けませんので容赦ください。ただ、とても残酷な終わり方をするのです。いえ話自体は2作、3作と続くのですが、それは又ちがう話のようにしか感じないでしょう。その謎が文盲で1部分、解き明かされます。

アゴタさんや映画「ダークブルー」を見ると東欧の屈託した人の心が判ります。いろいろあったけど、それでも日本は幸福な戦後を生きているト思います。ダークブルーは見ましたか? あれもスゴい映画で犬のエピソードが私は好きです。

戦争は愛犬までも奪っていく。殺すという意味ではありません、ここでは殺すより残酷なのね(笑)あの感じは健常性を奪われる感じに似ているかな? 私は読む。病気のようなものだ。手当たりしだい、目にとまるものは何でも読む……

ニヒリズムに近い感じのする書き出しの、この一行に共感します。死にかけた少女は青白い顔をして、
「何か本を持っていない」と私に聞いた。
私は11才、彼女は10才だった。

気の強い、いや気の強かった彼女の母は、もう泣くことしか、しなかった。
「泣きいな」その母を、少女は叱るように言い、私の渡した本を読んだ。あの少女の話を、私はまだ書けていない。

2006年7月28日 (金)

自由の裏側

講座のサギ被害の話を聞く中で、ふっと気が付くのは子供たちの事です。子供たちはケータイの向こう側に興味を持っています。アダルトサイト、出会い系、整形……美容整形ではありません。若い男性向け泌尿器の手術です。

男の子は、これを知らない町の知らない泌尿形成外科でやりたがる。雑誌に広告が出ています。男性カウンセラーが24時間、電話で相談うけています。これに電話して、内緒で金を作り、内緒で手術して、内緒で帰って来よう、と計画を立てるんですな。

うまくは行かない。だって見え見えでしょ。両親が知らないだけ、情報はイッパイあります。ケータイがあれば内緒で接点が作れます。両親は子供の性は知りたくない。まだ子供だと思いたいから。でも電話の向こうで、相手はそう思ってくれません。

安全な場所は、どこにもないのです。便利な世の中ですもの、何でもあり、出入りも自由です。たとえば街の裏側、倉庫、廃屋……そんな場所に子供たちは出入りします。何もなくとも電源とパソコンがあればいい。コンビニでお茶を買い、仲間と顔を会わせれば、そこが彼らの場所になります。

噂話も品よくいえばコミュニケートという事になり、大人がいない事で解放されます。しかし話だけでは終わらない。街の表に出れば噂は現実になります。そしてケータイを持っていれば……

昔から若い子はそうでした。昔、そんなアジトはなく、誰もケータイは持たなかった。街は遠く他人も遠かった。ただ憧れるしかなかった。あなたは若い頃、街にあこがれませんでしたか。タレントにあこがれませんでしたか。家族に内緒で何かしたく、ありませんでしたか。

ネットつながりで、私は高校生と会った事があります。いえ、男ですよ! そっちの趣味? いえいえ単にパソコンの知識を得るためにです。その子の家はコンビニ経営で、そういう意味で手が回らないのです。A君はある種、行動力ありました。

「今、電話した、Aです。今、ヒマだって言いませんでしたか?」
――言ったよ。これからクラシックを聞く。
「あのう、通り町まで、ご一緒できませんか?」
――いいよ。パソコン教えてくれるんだろ。
「勿論、よかった! 僕、バイク修理に出してですね……」
初対面の大人とも簡単に会うのです。本音はともかく年齢差も関係ないような顔をします。判らないとは言わないで、5分時間があればネット検索して話を合わせます。

悪気とまでは言いませんがネ、手つきは危ない。何とかなる。それは変な自信にも見えます。問題はケータイではない。私たちが利用している便利、その裏側、闇の部分にあります。

2006年7月27日 (木)

振り込んで下さい

消費生活センターでの「くらしのセミナー第2回」石原ケンシさん「架空請求の実態と対処」です。まず電話の向こうでお芝居が始まる、劇場型のダマシなのです。いろいろな人がサギに会いますが、中心は60代前後の女性です。冷静になればチグハグした話ですが、冷静な判断が出来ないそうです。振り込む前に誰かに相談する。これがポイントになります。<(6月23日に第一回分)

電話に出ると色々と自分から言いますね。私は誰、電話番号、住所……この情報が取られます。言ってはいけません。
「はい、hataです」最初からダメでしょうね。失礼でも、
「はい、どちら様ですか。どちらにお掛けですか」トこう行くべきでしょう。

突然、来たハガキも相手は接点は取れていない場合が多い。放っておけば来ない。それぎりになる場合がほとんど、連絡先に電話をかけた段階で接点が出来ます。不当な請求ですから、こちらの正当を主張してもダメです。

「私は買っていない」
「先方は訴訟を起こされました。裁判は止まりません」
「止まらんトですか?」
「私が弁護士を紹介しましょう」デ、お金の話になります。

「総合消費料金って何ですか?」
「昔、何か買いませんでしたか?」
「そういえば……昔にアダルト物を買いました」
「そっです、てい」先方に情報を引き出されています。一度、やられると何度も来ます。

「アダルトサイトを使いましたね」家族には知られたくない。そこを見透かされています。使ったから払えというが、払えばまた来ます。名目はいくらでも作るんです。腹をくくって下さい。「行くぞ」とはいいますが来た試しはない……そうです(笑)

メルアドよりケータイ、ないしは普通の電話が怖い。私は当分、ドコモショップに行きませんから、一昨日のブログは解消させて戴きます。来たらメルアドや番号を変えるしかない、そうです。無責任みたいですけど私の所には来てないのです。私は電話で長話しない人です。

電話というのは話していると判らなくなりません。長話は意識のレベルは下げますよ。そこで物事を決めるのですから、あまりよくないです。また、払えば事態を逃れられる。何とか逃れたいと思う人は払います。長話と事なかれは、そういう意味でいけません。

私はその分、長いブログを書きますがね。Q-ringから請求書が来たら騙されるかもしれません。いえQ-ringから来る訳がない。別な人がQ-ringの名前を使って来る、別名でつるんです。これはパターンであります。異性でつる。プレゼントでつる。

物欲しい性格やスケベ根性を逆手に取られると思って下さい。私がいうんじゃありません。担当講師の石原ケンシさんが言われているのです。

http://www.pref.kumamoto.jp/shouhi/ 熊本県消費生活センター

2006年7月26日 (水)

バッテリー交換

知ったかぶりで車のバッテリーを交換します(笑)まず自分の車のバッテリーサイズを確認して下さい。40B19Rとか書いてあります。中には28というのもあります。28B17Lといったら小さいですねえ。

この40とか28という頭の2桁は容量です。私が書かなくとも検索すれば判るんですが、出来れば大きいがいい。微妙に電力が強いのです。昔と違ってカーナビ、パワステ、パワーウインドウと最近、車は電気を食うのです。大は小です。

3番目のBは省略して、4番5番はサイズを意味します。最後6番目は電極の位置です。嘘だと思ったら下のHPで見て下さい(笑)
http://www.asahi-net.or.jp/~yl1h-nkmr/parts/batt.html
だから本当は私が書く事はないんです。

サイズから入らないかも知れませんが、大体40が入ります。価格も大体は38も40も同じで、むしろ28が高価でしょ。小さいという他に28のメリットはないと思います。ホンダ車はエンジンルームをキチキチに作っています。28しか入らないのも?

そういう例外はありますが大体、40にした方がエンジンの調子は安定します。メーカー店は純正を付けたがる。用品店では売れない方を付けたがる。訳を知って指定すれば頼んでもいい、自分でやる事はないのです。私が自分で付けるのはメーカーに内緒で、実験した体験からです。

整備士と仲良くなって以来、聞いてます。それにネット検索も出来ますしね。無茶はやりません。そういう訳です。あまり高いバッテリーつけても危ない。第一、エンジンルームにも入りません。最後のRとLを間違えるとプラスマイナスがあべこべになります。車が壊れますよ(笑)

極の違いはリードが少し長ければ何とかなるとは思いますが、わざわざ違えて買う事はないでしょう。ショートさせないようにナットを緩めてコードのプラグを外して下さい。固定ナットも外して下さい。ショートさせると火花が散ります。

前と同じ位置にマイナス端子が来るように、新しいバッテリーを配置します。コードのプラグ端子を固定します。ナットを絞めます。これでおしまい。試しにキーを廻した時のエンジン音が変わりましたでしょう。

低くて強い音に感じられますか? 38と40では判りませんが28と38なら判ると思います。ステレオつけてみて下さい。クリアーになったと思いません? 低音もよく出るはずです。

最近のバッテーリーは2年とか3年とか、保障がついてきます。うまくするとそれより一年以上、余計にも使えます。でもエンジン音が違う訳で、いつ止まるか不安を抱え、あまり長く走るのは、どんなもんでしょう。時々、音が判らないという人がいます。

愛車の声を覚えて下さい。パワーウインドウの動作が遅くなってもヤバいのです。コードやプラグを高価なのに代える人がいます。それは電気の通りをよくするという意味で、バッテリーをワンサイズ上げるのと同じです。

価格からいってバッテリーが先で、まだ不満の時にはコード交換を試す事になります。また代えないでコードのプラグを研くと同じ効果が出る場合もあります。研いた事あります? ないなら一度それも、やって見て下さい。

2006年7月25日 (火)

いいじゃないか!

再三、書いていますが私はケータイを持ちません。新聞のコラムに同じような人(75才)が書いています。カード、車、パソコン、利器のない生活を今も続けているト「面倒くさくて手を出さなかっただけである」

これはですね。はっきり文面には出ませんが現代批判であり、現実を否定しておられます。さあ、どうだトいう矜持が感じられます。そんなもん絶対、使うか(笑)まあケータイのない私が書くのですから、そう言っても角は立たないでしょう。

そうは書いてないのですが「これからだってそうだ。絶対、使ってやるもんか。俺はもちろん、妻にだって使わさない」似た者夫婦とは私たちの事だろうトは書いてあります。昔の夫唱婦随は当たり前だったから、75才氏の奥さんは大変ト思います。

私も少しは関係が判る。家族内において身障者は発言権が実質ないです。あっても建前上であって、実際に行使しようものなら……後が怖いからソウソウというのです。そこらへんの状況を面白く書いたのが小説「カトちゃんの口座」です。

私は75才氏までの思い込みはありません。明日になればドコモショップに行くかも知れません。ケータイのない事を一種のギャグのように使うから、再三でて来るわけでありまして、世の中にケータイはいらない。ましてパソコンはいらないト思っていません。

現実を否定して昔に生きろとは言いません。「考えてみると昔は何もなかった。質素な生活だった」書いてありませんが、その頃を75才氏は肯定されます。「こんな人間がいたっていいじゃないか」ひとりふたり居て自分で満足される分にはいいのです。

新聞で自己主張されて言外に「何で俺のようにせんのか?」そう問いかけるのなら、それは違う。間違っているト私は思います。私がワープロを買った時、価格は百万でした。よく翌年に価格は半分になり4年後には、そのまた半分になるのです。

百万のワープロを買う人がいて初めて、今の20万のパソコンがあるのです。これから日本の国はパソコンなしでは立って行きません。別に私が言うのではなく漱石が言います。75才氏と似た理屈を言ったのはハーン、八雲さんであります。

75才氏の文章を笑いながら読んで、私は笑いながら書いています。文面はどう写るか知りませんが反論という程の事はありません。

2006年7月24日 (月)

スピーカのご機嫌は?2

注文していたスピーカが、やっと来ました。すったもんだあったのですが止めましょ、その話はもう。実際に行動すると少なからず、すったもんだがあるんです。嫌なら行動しなければいい。音はするんですもん。聞こえが悪いとは贅沢の類であります。

だいたい20代の終わりに、長岡鉄男さんのステレオ論を買って来て、スピーカは自分で作るもんだ。論の趣旨に賛同して身障者の身を省みず、キットのスピーカボックスを作っちまった。肩が痛い。Gパンの膝が抜け、ハンダで指に火傷をして、ご苦労な事であります。

友達が来てこれを見ると唖然とします。長岡さんは教祖となり、バックロードホーンスピーカは伝説となりました。ただ構造が複雑で組むのは困難とされます。不器用な人は出来ません……これを自画自賛トいいますナ。

若い時は障害も何とかなるんです。スピーカの箱はそのまま4年後も8年後もスムースにユニット交換します。体を曲げて疲れるけれど、後でコーヒーを飲みながらマイルスを聞けば、その疲れは飛んでしまいました。さあ、今度もそれで済むか?

ライトの準備、ドライバーよし、コテの熱よーし……痛い。腰が痛い。いったんブレイク。コーヒーの準備……動きがノタノタとジジ臭い事よ。しかし、どうにもなりません。だって私はジジイになっているんですもの(笑)

スピーカユニットは206でよかったようです。206シグマの方が強力で重さもあり、取り付けもちょっと難しいのです。それを見送って簡単にまとめます。昔はそんな事はしなかった。不満もありますが聴力の低下と相殺、こんな所と妥協します。

6年後のユニット交換時期に、私は同じ作業が出来るのでしょうか? それとも誰かに頼むのでしょうか? こんな口調で老いの不安を訴えてみても、誰も共感しないでしょう。贅沢な不安と笑われるでしょう。

それは判っています。判っているから違う結論も出せるのではないか? 私は自分に期待します。とりあえずモーツァルトの、クラリネット五重奏曲はコーヒーよりもほろ苦いのです。

○古いスピーカはハードオフに売却。伝説は健在、店長はメーカーや型番を知っており、価格は予想外の高値3000円

2006年7月23日 (日)

任意保険2

6.20ブログ自動車の「任意保険」の続編になります。各社からまとめて掛金額を調べてもらうシステムがあります。無料ですが後でうるさくメールマガジンが来ないかなあ、ちょっと心配ではあります。下記ならべますが、かなり格差が出ています。

保険内容は、全く同じ内容ではありません。各社の個性ないしは事情があります。個人の需要に応じてオプションを付けられる所もありますが、何もつけない状態で、です。ドコが適当であるかは、あなた自身に判断する事になります。

選び方のポイントや注意点についてはオールアバウトジャパン等で調べて下さい。

外資系の保険会社   26.740円
大手系の保険会社   25.240円
中堅の 保険会社   24.680円
ブログ女王がCM   18.250円
有名企業が母体    16.000円台
財閥系ダイレクト    14,280円

最低価格の保険会社はパスします。理由はいいません。ロードアシストのない任意保険は、今はありません。私としては下から2番目、ここに目をつけています。ただ、切り替え時期に近くならないと正確な見積もりは出ません。

そういう訳で決定はもう少し先ですが、パソコンを持っているなら支店や、販売員を通さず会社とダイレクトに契約する方法が、やはり合理的に思えます。単純に手数料がない分が安くなる、大筋でそう理解できるからです。

差額約1万円、何か使い道を考えるか、それとも……

2006年7月22日 (土)

明日に架ける橋

ブログネタを考えるのは大変です。「かけはし」のタイトルも元が会報で、私がつけたのではありません。障害者同士をつなぐかけはしは、そろそろいらない。身障者と健常者の「かけはし」が欲しいト思うのです。

一昨日、昨日は「恋愛、不倫そして障害」ネタ元は映画です。16日の夜に地上波でやった「運命の女」これにマディソン郡などを加えて、中年男女の出会いはなぜ難しい、どうして必要。さらに障害者にとっての意味……そういう観点からまとめました。

どうかト思っていましたが視聴率はいいみたいです。当たり前の事を当たり前に書いたト私は思います。ただ、こういう観点から書いた文章って、ないんでしょ。これを読んで恋愛や不倫をする、そういう物ではありません。
(違う! 某大ブログが取り上げていました。このブログでもお馴染みの方ですナ)
ブログの記事で、いつかコンビニやマーケットで声をかけやすく、返事しやすくなればいいト思います。今、ひとこと声がかけ難いのですって、返事の声もこわばってしまう。私も学生時代はそうだったかなあ、いやあ思い出せません。

通り過ぎる人の話ですがネ、娘さんが……中学生なのかなあ。高校生なのかなあ。ひょっとすると小学生かも知れません。お祖母ちゃんと電車に乗って、
「すみません、誰か席を変わって下さい」と言ったんですって。

お母さんはその場にいなくて、多分、お祖母ちゃんが後でお母さんに言ったんでしょうね。「お前んトコの英子も、大人になったねえ」とかなんとか。言われたお母さんが自慢半分に話している。それが私にもチラッと聞こえます。

困った立場になっても、今、周囲に助けを求められない。何とか自分だけで解決します。緊張すると極端に声が小さくなるのです。声が出せない子がいます。不思議でしょ。何かオカシイ。それも個性と考える風潮があようです。

そういう小学生に会った事あります。私は最初、障害児かと思いました。蚊が鳴くような声で聞こえない。友人が来たら普通に話すのです……それはいいとして、困った時の対処力がない。基本的に力がないというと問題になるから、小学校もそれを個性と言う。特別な子ではありませんよト。

そういう訳で「お祖母ちゃんに席代わって」は自慢になるそうです。老人や身障者の介護は出来んのが普通になりませんかあ? 心配にです。原因は多分ですネエ。多分ですよ。私によりますと、お手伝いさせてないからです。

幼稚園の頃から「家のお手伝い? そんなんせんでいい。それより勉強しなさい……英語を特にしなさい。国語そんなん、どうにでもなる。問題は英語なんだから」これが災いしてませんか? 基本力の低下です。何でこんな話になったんだろ。

ああ、そうです。人と人のかけはしを大事にしたい。声に出す、言葉にする。あなたがいて私がいて、生かし合うから一人の時より強く生きられる。それが基本です。基本をなおざりにして点取りに走れば、どうなるか。

説教くさい事を書いています。でもこれは偉い人がいった事ではありません。学校で教わった事でもありません。老人や身障者の事でさえない、それはこうです。私が君の横にいよう。激流に架かる橋のように、私が君を支えよう。

原詩を引用すると著作権にかかるか? やりません(笑)福祉の概念すら一般的でなかった頃、こんな歌が流行りました。歌詞と裏腹に、この曲を最後にグループは解散しました。

天草出身の森慈秀氏はS11年に架橋を提案し、夢の架け橋と揶揄されながら交渉にあたります。会報名はこれに由来します。天草架橋は経済的にも成功し、早くに無料化されます。だが選挙力の集中した天草は、県政を主導(?)します。特別な事ではありません。全国で言えば新潟、島根それに四国架橋がどう意味を持っていったか……面白い材料ですが私の領分ではありません。

2006年7月21日 (金)

恋愛、不倫そして障害2

作家志望だった男、今は本のブローカー。これがダイアンの浮気のお相手です。2ドルで買って来た古本を4000倍で売るという、そう表現されます。が、悪いけど設定に無理がある。古本価格はネットで検索できます。実際には成り立たない(笑)

私の友人は古本屋です。郊外に古本屋が開くとオープン一番、めぼしい所を買いに行く。価格の付け損ないを探すのです。これを業界用語で背抜きといいます。友人は本箱の何段目、何冊目に何がある、一目で写真のように頭に焼き付ける、そう豪語もします。

今、それでも通用しません。素人でもネットで検索すれば全部わかりますから。貴重本が間違って出る事はまずない。友人は九州一円の田舎の古本屋を虱潰しに回る、軽トラックの旅に出る。そこそこは儲かった。だが限界、2回目はなし。商売にならないのです。

つまりパソコンが出来て以来、世の中に隙間という隙間はなくなった。日々の生活でも窮屈さは否めないのです。図書室のような部屋でコーヒーをたて、詩をそらんじる男も絶滅しました。しかしダイアンが風の強い日にめぐり会った男はそうでした。

一方、夫役はどこかの国の首相に似ている、リチャード・ギア。会社を見事に統率する社長、出来る社員といえど悪い事をすれば容赦なく首を切ります。若かった頃は違う生き方をしたかったのですが、忘れたように仕事に熱中しています。

クリスマスでもないのにダイアンはリチャードに青いセーターを送ります。ここで違う服とは、違う生き方を意味するのです。だがリチャードは気がつきません。そこが不倫の動機になる。昨日の冒頭のセリフですね。「運命の女」前半は、そういう寓話を描きます。ただ作り話が見え見えです。

「恋に落ちて」は古い話を最低元の飾りで見せました。「マディソン郡」はノンフィクションとも取り違えるリアリティがあった。しかし「運命の女」は簡単に見破られる作り話です。いかにもダイアンで、いかにもリチャード、そこが安っぽいのです。

そして映画が終わった時、自分にも何かが出来るかも知れない。そんな勇気は沸いて来ない。だから詰らないのです。そろそろ身障者につなげましょう。いい年をして恋愛願望が強い身障者は、実は沢山いるのです。数えた訳ではありませんが(笑)

むろん個人差あります。身障者は正式に結婚して子育てでは荷が重い。個人差ありますが青春に間に合わない。出来るとすれば中年以後という方もあります。映画の状況は、その意味で身障者の範囲であります。

恋愛といえ不倫といえ、すれ違う二人の間に福祉があっても非難する人も少なくなってきました。健常者が2度生きる状況なら、身障者も1度は生きられる。窮屈な社会に風を起こせるかもね。裏返すと身障者が生きられる状況なら、健常者はもう一回、余裕で生きられましょう。悪い事ですか?

風の強い日、出かけませんか? え、不倫しましょ? そんな事いったらダメです。そうですねえ。「少しだけ介護して下さい」そこから始めましょうか? そう、通りを向こうから歩いて来るのはダイアン・レインかリチャード・ギアか?

○昨日、書き漏らしていますが「マディソン郡」でも恋愛を内緒にするのでなく、子供に伝えます。主人公が不倫ではなく、人生の部分と考えるのです。ここが斬新でした。人生を前向きに捉えるとは例えばそういう事です。
○オランダでは公認売春制度があります。新潮社刊「セックスボランティア」によりますと50代寡婦が、主にこれにあたり、20〜30代の男性障害者が依頼する訳です。つまり親子のような男女間の行使になります。楽しいというに程遠い逢瀬になる。このブログは、この構図をキレイに書き直したに過ぎません。