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2006年3月30日 (木)

松本被告

松本被告の死刑が確定しそうです。身障者から見た松本被告を書きたいと思います。少しですが私は目も耳も悪いです。それなりの根拠があって言います。松本被告は親に盲学校に入れられます。まだ見えた時に入って、だんだん悪くなっている。

この間、学校では柔道とかしていて今とは違う。盲学校というのは視力が残っている人が強く、ない人は弱い。被告は強者として人の支配の仕方を学んだと思われます。ただ落ちていく視力と直面しました。目が悪くなっていくのは恐く心細い。

樹木希林さんが網膜剥離になった時、記者会見やっています。目が悪くなりました。自分に自信がないので手術はしません。仕事減らします、という内容です。これ本当は手術が恐かったのです。目というのは恐い。いつも強気の樹木さんが伏目になっています。これは基本的にゴメンナサイ会見です。

この後、樹木さんは、乳ガンが判り手術します。成功すると「なあーんだ恐くないや」そう思ったかどうか知りませんが、その後で目の手術もします。つまり乳ガンより網膜剥離は恐いのです。納得、頂けました? 私も網膜閃孔(剥離より軽い)をやりました。長くなるので止めます。これで樹木さんの演技は前に増して輝くと思います。

若い松本被告は親の側にいたかった。しかし親は裕福ではなく寄宿の盲学校に入れた。本人の為と思った。経済的にも安くつくのです。松本被告は捨てられたと感じます。捨てられた感覚が心細さと重なって、憎しみに育ったのです。

被告は社会に出てからもグループを作り、その長として憎しみを外に向けます。心細い思いの人を見つけて死をいいます。「お前は死ぬ。必ず死ぬ。地獄に落ちる。落ちたくなければ全財産を寄付しなさい」たちの悪い方法で脅すのです。

自分が恐かった思いを人に被いかぶせるのです。宗教や物売りに、そういう人、います。「私も恐かった入信なさい。恐くなくなるよ。買いなさい。幸せになれるよ」貧乏に付けこみ金を絞る人がニュースになります。松本被告は自分の不幸を悪用したト私は考えます。

宮崎勤被告の場合は、幼い頃に自分の手の障害に気がつきます。幼児姦は判りませんが、宮崎は呪術をやろうとした。子供の手の骨をかじっている。そうすれば今の自分の手も変わると考えた節があります。呪術にこって現実から逃れようとしたのでしょう。

不幸とは直面しなければなりません。少なくとも誰かが直面して他の人に伝えたい。幼児姦が先なのか呪術が先なのか。内容配分それ以上の事は判りません。皮肉な事に宮崎被告の家は新聞を出していました。被告には書くべき事があった。

もう判ったと思います。松本にも宮崎にも私は同情しません。無罪になって欲しいとも思いません。同じ身障者として冷ややかです。ブログには「人の嫌がることは書くな」と本に書いてあります。それは自分が不幸だった事という意味ではないと思います。

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コメント

論点はずれますが・・。人が嫌がることは書くな..というのは二種類あって、意識的に嫌がらせで書く場合と、その気はないのに、結果として嫌がられる場合。 およそすべての人が好むログなど存在しないし、すべてが嫌がるログも存在しないでしょうね。なんにせよ、意識的に人を脅したり、嫌がらせをするのが間違いなのは誰でも知ってる。法的な論点は、精神異常かどうか?ってことですよね。それって異常者だったら何してもいいみたいに聞こえます。なんか間違ってるなあ。

それはそうです。松本被告のやった事がまるで理解できない。不条理みたいに聞こえる時があって、書いた、そこにウエイト置き過ぎてます。正悪、法的にという意味ではないですね。ありがとう御座いました。

最近は道徳というより、倫理観がなくなったように思います。教育のせいだけではないでしょうね。社会自体の秩序が狂ってきてる。そう思います。そんな時、法は無力だったりしますね。

蜷川幸雄さん、あの芝居の蜷川さんですが、映画も作っていて、青の炎、哂うイエモン、どちらも殺意の原点を探っているように思えました。私は身障者に都合の悪い情報、それは健常者といっしょに考える方がいいト思ってます。二次障害とか言われる部分ですね。そういった方向への試みです。おっしゃる通りです。狂って来てます。何が狂ってるのか、どうも判らない。松本被告の執念を裁く事は出来ないように感じるのです。

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