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2006年3月22日 (水)

クロサワ・ミステリー

TV,スマップステーションで黒澤特集を見ます。黒澤は何をしたのか。私たちに一体、何を言いたかったのかは今もミステリーです。スマステでは解明にならなかったト思います。……さあ出番です(笑)ホントかい。

番組中で「どですかでん」の評価が問題になります。外国では影武者が評価されていますが、日本では乱も含めて評価とまで行きません。比較してですが「どですかでん」以後の黒澤が評価されない……端的に言うとですが、そうなります。

日本評価の特色は「隠し砦」あたりから「赤ひげ」に至る娯楽映画としても見られる作品に集中します。黒澤は天皇といわれました。ですから作品全部が評価される訳ですが、一般には娯楽監督として評価されている……のではないか?

団塊の世代で「赤ひげ」を見て医師を志した人は多い。あの映画の根底は混乱していますが、一応のまとまりがあり、表面的には気持ちがいいのです。あの養生所は経済的には楽ではない。運営は苦労してるが、あそこで働きたいと思ったのです。

赤ひげの人物像にも矛盾があって、師と仰ぎ見る存在ではない。無理をしてツジツマを合わせます。それは姿三四郎の加納と比較すれば判ると思います。それどころか日本には「師」にあたる事柄じたいが、なくなっていきます。

私のブログの講師はオリーブさんでした。フォトショップは土屋さんで、全体パソコンインストラクターは若い女性が多いのです。料理はむろん水泳もそうでした。黒澤を限界にして、師は年長男性ではない時代になったのです。

用心棒の原案は米国の小説です。しかし椿三十郎の原作は山本周五郎です。天国と地獄は米国の小説で、赤ひげは周五郎です。この時期、黒澤映画の半分は米国製で、もう半分は山本時代劇です。では黒澤世界での人の生き方はどこを向いていたのでしょう?

米国小説のヒューマニズムと周五郎の人情をねじり合わせ、黒沢は映画の柱を作って行きます。それに破綻が来ます。黒澤映画は人情に傾き、ヒロイズムを止めようとする。ヒューマニズムでは日本人を支え切れない。天国と地獄を模した犯罪が起きます。

米国に近づき経済的に発展しながら、人情で日本人を続ける。日本はそういう夢を見ていました。しかし米国から「トラトラトラ」の注文を受けた時、黒澤はそれを捌き切れません。黒澤の限界が「赤ひげ」「どですかでん」の間に、はっきり見えたのです。

それは日本映画の限界であり日本人の限界でした。ヒーロー三船が去ると、それに代わるヒーローを黒澤は作らない。私たちは黒澤に芸術ではなく、人々を率いる師を求めていた。それは間違っても影武者ではならなかったのです。

自殺未遂から立ち直った黒澤が、何を考え何をしようとしたか。まだ私たちは十分に理解していない。私が番組を見て考えたのは……ごめんなさい、これは1回では無理です。このブログは必ず解決編を書きます。

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コメント

黒澤は..あの人、芸術家だと思います。とくに「乱」以降かな?舞台で表現するものを映画で表現してるようにも感じます。とにかく、むずかしい。  これが僕の印象です。ところで東京でライブやりますよ。見てもらえなくて残念です。いつか九州行きますね!

むずかしくは……続きは書きます(笑)アッシュさんの聞きたいですね。東京へは3度ほど行くにはいってますがちょっと遠いですねえ。いつか会いましょう。

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