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2006年2月

2006年2月28日 (火)

トラボルタ

またしても映画ネタです。ひいきの男優となるとトラボルタにトドメを刺します。「プレッシャー」はあまり高級な映画とはいえません。あっちゃ版の必殺仕掛人という内容で、まあ好きな人は好きでしょう。ポップコーンを頬張りながら気楽に楽しむアクションです。

トラボルタさん、えらいダイエットしている。最初は誰だか判らないくらい。この人のはシビルアクションというの、ちょっといいのね。話としてはよくある裁判モンでエリン・ブロコビッチとかレイン・メーカーとかと同じ類型的な話になります。

これを最初にやってみせたのはポール・ニューマンさん「評決」です。おちぶれたボロボロ弁護士が一念発起して立ち直る話。おちぶれた侘しさと弱者の為に立ち上がる勇気を、ニューマンさんは巧妙に演じて見せた。

トラボルタさん、それを逆手に取って、普通の男の普通の正義感にもどしてみせた。他の作品は裁判に勝った。金、取ったぞぉ。そこに持っていった。普通の人間が生きていく意味みたいなものにトラボルタさん、関心がある。タマタマかきながら女性に歩み寄っていくような演技をしてみせる。

奇跡体験アンビリバボを見ていたら、あれ作った話と思ったら実話であるんですって。シビルアクションの話です。実話でも被害者は金いらない謝れ、そういう要求です。弁護士としては金取ってもらわないと仕事にならない。葛藤があったそうです。

一方、ニューマンさんは裏切り者と付き合わない。そんな人間の尊厳を演じる。立派な顔だしね、カッコがいい。フェノミナンのトラブルタさん見ました? 
人間そんなカッコじゃない。かじりかけのリンゴで子供たちに洗礼してみせる。自分は死ぬが君たちは生きろ。君たちが生きていれば自分はそこにいるんだト。

だから死ぬのは痛くも寂しくも悲しくもない。言っていたじゃありませんか聞こえなかった? あなた耳が悪いよ(ドッチガ(笑)そういうわけでフェノミナンは泣けます。トラボルタいい男だよ。あなた、キアヌが好きなの? 目も悪いよ(笑)

パニッシャー、今回はどっちかというとバトルフィールドアースの系列です。次回はいいって。ダイエットして若返って出てくるって。われ等がトラボルタを信じましょう。アーア、何の話でしたっけ。

2006年2月27日 (月)

音響効果

本日、事情により掲載がおくれました。それでは始めたいと思います。

映画の何が変ったといって、鮮明映像ダイナミックなキャメラワーク、脳内麻薬のにじみ出しそうな画面であります。それもありますが音です。音の驚きは映像をも凌ぎます。dts、ドルビー、5.1サラウンド……いろいろ言いますが後ろから音がする事です。

回り込んだ音が後ろからも聞こえる。それには誰でも弱いのですがホラー映画で脅されると快感に結びつき、病み付きになってしまう。サラウンドは昔からあったのですが、昔は4チャンネルといって音だけで売り出したのです。売れなかった!

絵での説明がないので判らない人もいて、音だけが動くのは気持ちが悪いと言われたりしました。特に女性からは不評でした。最近は現実の楽器以上にくっきり出せるようになりました。空想の効果音にも慣れる訳です。あれだけ嫌っといて、女性が特に喜んでおられますナ。

実際にステレオで聞いたがいいCDと、4チャンネルがいいCDがあります。4チャンネルではないのですが、車の中というのは擬似4チャンネルと言える空間です。音的に車がいいCDもあり4チャンネルくさいと思います。

教会のオルガンとかドラムやベースは音量が大きく、壁からのはね返りがある。そのはね返る音を表現するにはステレオの音量をあげるよりは4チャンネルで音源を増やした方が早い。私は4チャンネルの方がメリットは大きいと考える方です。

ステレオにしか出せない郷愁もあるのですが、安価で迫力がある4チャンネルに軍パイを上げます。それに何といってもDVDで映画を見るのに向いています。私はオーディオマニアとしても執筆暦がありまして、雑誌の投書欄に書きまくっていました。

今は書いていません。耳が悪くなったのです。昔、使った治療薬の副作用であまり聞こえません。私の耳は端的ですが、昔のLPは音がよかったという話には、少し疑問を持っています。よかったのは耳ではないか、オーディオ機器とは違わないか?(笑)

最近、スピーカが古くなって音がぼける。いえ何、スピーカ本体だけ変えればいいんです。今はあるのか、バックロードホーンといって組み立てキットのヤツで、時々、本体スピーカだけ変えます。価格半額で音が新品になってしまう。これいいですヨ。

2006年2月26日 (日)

贅沢な悩み

プールで、リュウマチの人と話していました。
「どうな?」どう、とは体調の事です。
「ええ、ちょっと体重へらそうかと思ったら……」と私。
「俺、すぐ減る。増やすとがなあ。減るな?」
「ええ、ま」
「もうちょっと増えるとヨカて思うバッテン」
「それは……?」どうでしょうかトいう間もなく横からコメント。
「それは贅沢な悩み!」ちょっと太った、30くらいの兄ちゃんともオジサンとも言いかねる男性が話をはさむ。
「おお、コメントが入りました。まあ一般的には贅沢なんでしょうね!」と私。
「そうだろうか? 1キロ増えたらヨカて思う」と身障者。
「1キロ減らすのにどれだけ苦労するか」と健常者。
「(笑)その1キロが、脂肪で増えるか、筋肉で増えるか。問題でして、一般には脂肪が多い。脂肪で増やしてもネエ」

私が体重を減らしたというのはダイエットの意味はないのです。足が痛い。1キロでも減らしたら足への負担が軽くなるノデハナイカ? 全体バランスから見て調整をトノ見解ですが、そこに話が行きません。二人の間に入っても意味がない。笑うしかない。

ハリウッドの俳優が役柄で体重を決める。撮影に向け体重を増減する。まあ同じです。演技以前の出発点、生きるための出発点。リュウマチの身障者氏は私より年長ですが、単純に体重が増えれば健康と考えられる。やせる病気だから、そう思うのも仕方がないのでしょう。

謙譲者氏は多分、多分ですよ。食いたい物はかなり食って、それで体重を減らしたい。話の食い違いはそこからト思います。念押しますが多分そう……笑った後で、私は孤独になります。

ライフスタイルが変わりました。タバコを止め酒を減らす。タバコや酒でのストレス管理がアウトなのです。甘い物も似てるかな。変ったというより厳しい自己管理を迫られている。そう言ったが正しいと思います。つまり出発点が、そう決まった。

私が若い時、酒タバコどころかマリファナを合法化しようという話さえありました。ストレス解消には大麻もありにしよう、そういう時代から見ると今はキツイ。えらい変化です。でも未来も、この常識は変らないでしょう。はっきり裏づけがされ、もう基本なのです。

それが目的じゃない。始まりなのです。ダイエットしただけでハッピーエンドにはならない。入社試験を通っただけでは給料は高くないでしょ。それからが大変でしょ? そうでしょ? 私も体重1キロ減らして歩き出さなきゃ。減らし過ぎかどうかは一週間、一ヶ月、生きてみなければ判らない。

おっと何時までも考えてはいられない。プールの帰りには買い物をするのです。今日は99円のサバと125円の牛乳と、69円の納豆を買うのです。じゃあ、また。

2006年2月25日 (土)

一日だけの喫茶店

喫茶店をやりたい人がいます。私は昔、喫茶店ゴッコをしました。身障者舘にオーディオルームがあって、まずルームを借り切ってしまいます。次にチラシを作って、一日喫茶店をやると宣言する訳です。協力者には是非の来店を申し入れます。

その時は飲み放題の百円でしたが、今なら1杯百円ですか? オーディオルームの向いの部屋が、たまたま料理研修室でした。なぜかコーヒー茶碗が山のようにあって、それでコーヒー入れました……が、それだけでは足りなかったのです。

曲を流す前に紹介のメッセージ・コメントを入れました。それがライブのDJへ発展しました。発展というのは好評で、月1とか連続開店しました。JAZZの好きな人が25分くらいでJAZZを担当する。クラシックの好きな人も短いのを集めて来る。あとはラテンだポピュラーだと、25分のDJ合戦となる訳です。

私の担当はニューミュージックでした。需要は高かったのにやる人がいなかった。やりたい訳ではありませんが、やりました。噂では「渋谷陽一に似ている」という。で、渋谷さんを聞いてみると、確かにねえ(笑)その頃、好評不評とも一番だった人です。

あきが来ないようにト新人を発掘しました。朗読が好きな人には台本を書いて朗読をお願いしました。演奏の出来る人はリハーサルやって演奏してもらいました。市役所の広報とか、エレクトーンの先生とか、そういう人を口説くのです。

大変でしたが面白かった。ホントの喫茶店やろう、そういって来る人もいました。ボランティアで2時間、200杯のコーヒー入れて下さい。当て込みの要請もありました。喫茶店ゴッコが2年を越えた頃、私は自分の身体に変化を感じます。右足が限界に来ていました。

若い人にバトンタッチしたつもりでしたが、2〜3回プロデュース役に呼ばれ、その喫茶店ゴッコは終わったようです……今、もうそんなバカな事をする人はいません。でも誰かが始めれば乗っかりたい人はいるのかな?

その頃、買った20人用のコーヒーポットは探せば今もあると思います。その頃、常連だった人がくれた営業用ミルは今も使っています。過ぎ去った日々は帰りませんが、すべて消えた訳ではありません。今、喫茶店は儲かりません。営業になりません。でも……

一日だけの喫茶店が今夜、どこかで開くとしたら……あなた行きませんか? 友達誘って、愛聴版もって……DJの練習して行こうとは思いませんか? そういうの楽しいと思いませんか? 誰もしないなら自分がとは思いませんか? バカなことしたいと思いませんか?

2006年2月24日 (金)

大貫妙子と矢野顕子

私は朝起きると矢野顕子さんを聞きます。寝る前には大貫妙子さんを聞きます。逆は滅多にしません。ほとんどしません。理由は……聞くと判るのですが、曲想自体にそういう感じがあって、音楽はそういう使われることで生きる……そう私は思います。

矢野さんを聞くと目が覚めて、大貫さんを聞くと眠たくなる。単純に言えば、そういう事になります。では、二人でうたう歌を聴いたら、どうなる? そういうCDがあるんです。ハイ、買って来ました。これが簡単、大貫さんの曲を二人で歌うとやっぱり眠たくなる。矢野さんの曲を歌うとやっぱり目が覚めてくる(笑)             注

多分ですがね。大貫さんは眠ることで元気になるタイプの人だと思います。矢野さんは騒ぐことで元気になるタイプ……リスナーもどちらか片方に傾くのかも、かもしれません。だけど私は、両方を場面に応じ聞き分け、使い分けるコンタンです。

大貫さんを沈静効果のある鎮静剤、ルボックスかデバスのように使う。矢野さんを興奮剤のカフェインにして……辛い場面も乗り越えてやろう。そう思う訳です。音楽を2種類に分け、使い分ける……そう単純にいくか? 

はい、単純にはいきません。たった2種類に分けて済むはずがない……しかし複雑怪奇に分類して、その時々を使い分け出来ますか? 実際オリコンが試みデータを出そうとしたんですよ。部屋で聞く音楽と、車で聞く音楽といった分類は、意味が出るとして後は判らないでしょうね。そういう本も出ないでしょ?

個人差があり過ぎと思います。とりあえず、あなたにとっての大貫さんと矢野さんを作る事から出発した方が早い。急がば回れ、回らば急げですなあ。

で、大貫さんより効く、劇的に効く薬……じゃない、音楽です。これは音楽の話です。それはニューミュージックじゃありません。クラシックです。シューベルトの「冬の旅」これは劇薬ですからねえ。聞きすぎると死にたくなる。恐いもの聞きたさに聞いてみます? 今も教科書にあるのか、菩提樹は冬の旅の1曲です。

矢野さんの劇薬版は……これもクラシックから上げましょう。ワグナーかベートーベンか、ベトちゃんで行こう。ワグナーは小泉っぽくなりましたから、ベトちゃんはCDも指定します。百円ショップのダイソーCDで第九を買って下さい。名盤中の名盤、フルト・ヴェングラー指揮ベルリンフィルです。何のクレジットもありませんが間違いない(笑)ただし音は悪いです。

今、劇薬は売れません。それは世の中が幸福だからなのか。劇薬を使っても生きようとしなくなったのか、私には判りません。ただ言えるのは自分の処方した音楽を持っていれば、強いことです。そして明日、あなたが幸福かどうかは判らないことです。
               注LIVE Beautiful Songs

2006年2月23日 (木)

13才の夏

アイランドはハラハラ、ドキドキが売りのSF映画です。あまり考えないでアクションシーンを楽しむ方がいいでしょう。ユアン・マクレガーとスカーレット・ヨハンソンがクローンを演じます。クローンは恋をしない設定になっているはずが、恋しあう。

理由は描いてありません。でも私が監督なら2人を13才に設定します。アニメでよくあるでしょう。エヴァンゲリオンでのシンジの恋、アキラの金田とケイの恋とか。14才になれば恋の意味が判る、だがその前年の恋はもの狂おしい。エヴァやアキラは、その前年の性衝動を描いたと私は思います。

そう表現するとアイランドの売物のアクションに説得力が生まれ、破壊にも必然性が出たのです。そんなのいらない。アクションの為のアクションでいいじゃないか。男の子はそうなのでしょうね……でもアクションは本来、美しい、美しくあるべきです。

破壊のための破壊、暴力のための暴力を、私は好きになれない。恋人の前で性衝動を表現する。破壊で示そうとする時に、切ない美しさが生まれます。現実にやったらダメです。犯罪になります。映画の画面の中でだけ許されるのです。

エヴァを見た時、そう思いませんでしたか。アスカの前でエヴァが思うように動かせないシンジの顔を見ましたか。女性の方々、このブログは女性の視聴があるの私は知っております。あの時のシンジの顔はセクシーではありませんでしたか?

しかしアイランドでは、そういう表現はしません。なんかつまんない。野暮ったい。判っていない……ここら辺はキリスト教の影響ですか? 知ってる方は教えて下さい……最近、ファンタジーが流行っています。童話にもHなシーンがあって面白いんですね。

人魚姫なんてHですよ。おぼれる王子を波の間で、人魚姫は一晩中ささえていました。添寝した男に惚れたという。ぶっちゃけていうと、そうなります。あのシーンは子供の頃、ドキドキしませんでした。お話というのは、そういう風に作っちゃうもんです。

たとえばですね。13才の夏、男の子と女の子が、カブトムシを取りにクヌギ森に行く。12才でも11才でもいいんです。ただ14とか5とか高くぶらすと変になります。クヌギの森を歩き回りカブトムシは取れません。1匹も取れません。

それとも1匹だけ取れたことにしますか? そこも、どっちでもいいんです。2人は汗だらけになって、夏の木漏れ日の下で寝そべっています。きれいでしょ。そしてHでしょ。それ感じるか、感じないか。そこを芸術性というんです……アイランドは娯楽映画です。

2006年2月22日 (水)

目がよくなる話

あなた視力はある方ですか? 目はよく見えています? まずは、94歳男性の視力が上がっているという話題です。熊田千佳慕さんは草花や昆虫の絵を描かれる方で、黒柳徹子さんと薬のCMに出られました。ファーブルの昆虫記の絵画化が夢だそうです。

94歳の目が悪くなるのでなく、よくなっていく。信じられます? 嘘だろう、そう言います? 熊田さんは賜りものといわれています。私が科学的な裏づけは出来ませんが、多分、本当だと思います。人にもよりますが、あなたにも賜ることが出来るでしょう。

草花を見ます。小さな昆虫を見ます。そして紙に写します。おおよそではなく熊田さんのような精密画を描きます……するとどうなります? 現実と紙の画面、目は双方を往復します。焦点距離が1秒ごとに変わる事になります。そうですね。

こんな実験はどうです。30センチ先に人差し指をかざし、指を見る。指の向こうにビルの壁が見えますか? 指を見る壁を見る。指を見る壁を見る……すると最初より少しだけ視力が出てきますでしょう。目の焦点距離を変えると目の筋肉が縮んで伸びて、運動をする。

筋肉が腕立て伏せをしています。毎日毎日、腕立て伏せをする。目の筋肉がマッチョ・マンになります。熊田さんは目がマッチョ・マンなのです……多分ね。後ですねえ……若い時の近視は歳取ってから、老眼と相殺で見えるようになります。

これも個人差がある話ですが、ある程度は近眼よくなります。私が50歳くらいからメガネやコンタクトの度を下げ始め、ゆるいカーブを描いて、ナチュラルに近くなっています。これを眼科では「良くなっている」とはいいません。

が、コンタクト眼科では「ひとつ分、良くなっています」ト平然といいます。「コレとソレ、コレとソレ……レンズはどっちにします?」という感じです。
ところが普通の眼科で。
「こんなに度数が変わるもんですか?」と私。
「ふうむ」口の重い女の医師です。
「度数は変わるんです……私の叔母が前は見えなかったのに、最近はメガネもなしで自転車で走り回っています」医師もメガネをしています。
「若い人が手術で直すのが流行っていますが、手術をすると歳を取ってから元に戻せない。老眼になってからの時間が長い。手術は考えものですねえ」木野花ふうの医師は珍しく無駄口をいいました。
「あまりメガネを作り変えても仕方がない、そういう意味ですね?」医師はうなずきます。

木野花医師からの伝言です。手術は止めて下さい(笑)
熊田千佳慕さんからの伝言です。目は訓練でよくなる場合があります(笑)
それにしてもパソコンは目によくありませんなあ。

2006年2月21日 (火)

寝室は2階ですか?

寝室という事もないですが私の部屋は2階です。あなたの家で高齢者は2階ですか、それとも1階に寝起きされますか? 熊本ではUD、ユニバーサルデザインが推奨されています。そのUD講座を受けると身障者や高齢者は1階の寝室を推奨されます。

「当たり前だ。そんなの言うまでもないだろう」トいわれますか? 身障者の私が講座を受けた時も「トイレの近い、1階の部屋を使ったら」と意見がありました。「もっと障害が重度化したら、そうしましょう」と教授に申し上げました。

障害があっても使えるうちは2階の部屋を使った方がいい。私は今も思っています。ところで荒川修作さんという建築家をご存知でしょうか? 住みにくい家に住むべきだ。階段が幾つもあり、重心を取るのが苦労する場所で暮らすと知らず知らずのうちに体力が付いていく、荒川さんはそういいます。

小さな入口、すれ違えない廊下、全体が狭い部屋……茶室は昔からそうでした。不自由の中に自由を見出す。そういう事は日本の本来のお家芸でした。全部というのではないが、そういうことってありました。

エレベーターを付けた人はいいます。「こうばつけてかるが足ん弱った」電動車椅子に乗ると「身体のなまるけん使わんがよか」電動は、どうしてもというまで使うな、トいわれます。家や部屋のあまりに早い改造は疑問があります。本人の本当の納得が必要です。

私はUD全体が悪いといっていません。不自由だからデザインで対応、早くそうしたがいい病気と、そうでもない病気がある。高齢者にも「何くそ」と不自由に挑む人がいるトいうことです。挑んで復帰する例が1割とか、少数あるという事です。

例に出していいかどうか? 私は40歳くらいで水泳を始めました。40歳の体調は数年保持され、ややもどって……つまり30代に逆転して、もう1度40代に入ります(笑)障害に逆らって2階の部屋に一度、寝てみる価値があると思うのです。ただし無理はいけませんよ。

誰でも彼でも車椅子に乗せ、一律に家の改造で対応しようとするのは違う。UDはもっと広い意味のユニバーサルデザインを考える必要があります。たとえばですが荒川さんを含めたUDでなければなりません。

2006年2月20日 (月)

関係の縦糸横糸

物と人との関係を辿って、行き着く所は人との関係です。物を補修して使い続けようとすると、人間関係に行き着いてしまう。造った人と消費者の関係、私と補修パーツ係の関係、製品を買った人と商店窓口の関係です。

違うように見えますが、おととい役所との往復をブログに出しました。典型的な縦の関係です。メール書簡からは市の担当係の様子は伺い知れません。が担当も個人です。それなりの人間的な顔があると思われます。基本的には同じです。

縦と対応する横の関係では、まったくの個人と個人のやりとり、対話や交信があります。このブログにも出没されるアッシュさんはドラマーです。私がDVDについてアマゾンを検索していたらブログ「assimilateの言いたい放題」が出てきて、共感できる事が書かれていました。

同列のリスナーと思い「そうだそうだ」とコメントつけたのです。ドラマーと判っていたら、つけなかった(笑)演奏家とリスナーは横の関係といいきれるか……悩むほどの事ではないが……マア斜めの関係もあるのでしょう(笑)

脱線しました。縦の関係から事柄を見たときと、横の関係から見たときでは見え方が違う。縦横のバランスを取るのは大事です……まてよ。これは結果論にしかなりませんかねえ。バランス予測はできにくいか。

誰かと接する時、担当として考える一方、個人として見てあげる。その逆を交互にやる事です。MP3のSU10を買った時、私はRIOという会社を検索しました。縦の関係です。リオはSU10のソフトを更新しています。

それから価格COMで使用者の感想を見ます。横の関係です。いい話題ばかりではないが、掲示板自体がにぎわいます。その段階では内容は理解できません。が、全体は私の好評価に結びつきます。

だが私のSU10は液晶が壊れ交換となります。後で気がつきますが液晶ライトの故障は掲示板にすでに出ていて、リオはそれに対応している。MP3撤退ぎりぎりまでソフトの更新をするメーカーは、やはり信頼すべきです。縦の横の情報交差とは、そういう事でしょう。

メーカーを検索するにはヤフーがいい。使用者の感想を探すならゴーグル、グーがいいでしょう。メーカーが信頼がおけて個人はあてにならない、そういう事はありません。個人のHPやブログは別な意味で価値があります。

ブログの主は友達という以上の、ある意味を持ちます。演奏家とリスナーもそうかも知れません。生かし合う関係です。その意味、その価値にたどり着くまでが簡単でありませんが(笑)健常者と身障者の間にも、それは可能ではないか? ト私は思っているのですが、またにしましょう。

2006年2月19日 (日)

ウチの黒犬は!

写りはよくないのですが、うちの黒犬です。正確にはうちに来る犬です。近所の人が飼って小さいうちは外に出さなかったのですが、大きくなって悪くなって、もて余し出した……ペットはブームです。みんな犬を飼う。それで無ければ猫です。

猫も飼ったこともあります。正確にはうちに来る猫でした。いえ近所の野良猫を慣らしたのです。生粋のノラで触ると唸る。餌をやると爪を出す。その癖よそに行かず、うちに入り浸り、距離感が面白かったのです。

今日は犬の話です。この犬はモーター音が嫌いです。掃除機が嫌いでシェイバーが嫌い、電動ハブラシがまた嫌い。モーターを動かすといったん逃げ出すのですが、様子を見に帰って来る。留守中に来ていて、シェイバーをぐちゃぐちゃに噛んでいました。

犬も猫も飼い主の都合に合わせてくれない。ある時、牙をむく。思いもよらぬ時、よらない場所で牙をむく。でも飼い主には、これが刺激になる。ペットのブームは当分、続きそうです。ペットに意思伝達はあまり出来ない。

ペットは触るだけ、見つめ声かけるだけ、反論はしません。だから私たちは救われる。意義をいい反論して欲しいのなら友を求めパートナーを得るでしょう。しかし、それはいらない。だから単位を落とし、ランクを下げて、ペットを飼うのです。

何だかんだ言って今が心地よく、大きな変化を望まない。黒犬は散歩に行きたがっています。車に乗りたがります。遠く未知の何かを求めています。要求のすべてをパソコンとDVDの映画で代用し、どこにも行かない私に……

昔、身体障害でやむなく身障者は部屋にいました。最近、街では特に健常者も部屋に閉じこもる。会社に行くと通勤に時間を食うから、自宅のパソコン勤務がいわれる訳でしょう。リテラシ−とかいって現場より、媒体からの読みが大事なのでしょう?

昔、身障者は社会に出ない世間知らずで、今は健常者も大差がない。そういう状況でしょう? ちょっと言いすぎ? ペットがペットでなく、物をいう友人だとしたら何を言おうとするか? どう指摘してくるか。怖い? 多分、ペットが飼われる大きな理由です。

今日はこれでおしまいです。
ええ、散歩という口実で、犬と現実に向き合いに……では。