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2006年1月

2006年1月31日 (火)

エンスト立ち往生

私はケータイを持たない。とりたてて理由はないのですが持たない主義です。かてて加えてクルマが古い、15年目になります……という前提で話をします。

古いクルマを乗るには多少、心得が必要です。バッテリーは早めに変え、プラグは磨いておいて、エンジン音には気を配るという事です。その日はあまり調子がよくなかった。咳き込んだ年寄りの息のようにコホンコホン音をさせ、ついに止まってしまいます。

交差点の真ん中ピタリと止まってピクリとも動きません。公衆電話を探して任意保険に電話をかけなければ……ハッと気が付くと電話がないのですね。コンビにもスタンドもないと厄介なことに、なりますねえ。

食堂がありました。そこに頼み込んで電話かけさせてもらって、保険会社に状況を説明するのです。最後にオペレーターは何といったと思います。「伺う者が電話します」ですって……

食堂の人に「電話かかって来ますが、私アソコで待っていますので恐れいりますが……」説明を頼んで、しかし迷惑されますよ、ねえ。ケータイないの反省しますが、まあ、ない物はない。やっぱりクルマを買い換えるべきか? なんて思考は錯綜し妙な方向に向きます。

クルマにもどって、ドアを開きエンジンキーをひねってみる。ドーとエンジンが動きます。動いた! 先になぜ動かなかったか。今度はなぜ動いたか……とにかく交差点から安全な位置に移動させ……やれやれと息をつく。それから食堂に引き返して状況を説明して、電話を断ってくれるよう、また頼むのです。

それでですねえ。ケータイ持つ気になったかというと、あまりならないんですねえ。ここらの気持ちをのぞいてはみますが、自分で自分が判らない。どうにも妙ですが持つ気になりません……それで、このブログは続いているのですが、あまり続ける気がないような……(笑)

ケータイとブログは似てますでしょう? みんながするからしないといけないような……パソコンだってそんなに好きではないようなトコもある。とりあえず覚えておいて、さて私、本当はどうなんだ? そんなこと皆さんありませんか?

クルマは修理に出してメンテナンスして、新車は思いとどまり、とりたててネタがないと、こんな事、書くんです。

2006年1月28日 (土)

アイポッドだけでは

前にも書いたMP3プレイヤーです。聞きたい音楽を持ち歩くのはトランジスタラジオ以降、もう定番化しました。だがクラシック評論の誰かが「音楽はすわって聴くものだ」といわれている。ベートーベンはともかくサティは環境音楽を提唱したし、グールドはリラックスして弾きました。MP3にも合うでしょう。

展望エレベーターで聞いたアランフェス協奏曲は合っていました。高層から見るビル群は大きな墓石のようで、ロドリーゴの持っている末期感と調和します。つまり熊本城を散歩しながら荒城の月を聞くようなものですな。部屋で聞いた時と違う感動が押し寄せます。使ったのは村地香織の盤、このギタリストはお寺でロケ録音を試みてます。アランフェスじゃありませんがね。

むしろ「すわってだけ聴くものではない」といえないでしょうか?
RIOは製造打ち切りMP3を撤退します。このSU10はネットでの評判が今も悪くないのです……そこそこの音質でボイスレコーダーとパソコンメモリの3役をこなします。私はカーオーディオにつなげて4役目も果たさせます。CDプレイヤーには負ける音、クロムかメタルのカセットテープ並の音質です。価格は正味で6000円くらい、FMラジオは付いていません。

使いこなしとしては、液晶が飛ぶのは敵わないのであれから厚いセロテープでカバーしています。付属イヤホンは質が悪い。ソフトはよく出来ています。本体もあまり丈夫ではないが、今やないと不便なものになりました。

2006年1月27日 (金)

TVはどうなる?

 地上デジタル放送でTVが一変しそうです。おたく、どうされる予定ですか?
5年も先のことなのでピンとこない人、すでに20万円の対応製品を求めた人、どうしたらいいか判らない人……それぞれです。
私はというと、すこしTVから自立したいと考える方で、まあ高見の見物というに近い。

 毎日新聞が「テレビの消える日」を連載していて、はっきり文面ではいいませんが、言外では地デジに反対のようです。消費者に了解が取れていない。操作が複雑で使いこなせない。とりわけ高齢者に親切でない……といった不満を書いています。

 毎日の調査によるとTVの視聴時間は20代の2〜3時間を始めとして30代、40代、50代と代を追って視聴が増えていく。60代では5〜6時間になるそうです。これは正しいと思います。入院して部屋を見渡すと判るのですが、ほぼ、それはそうです。

 現状そうだから、これは維持する必要がト新聞は考えるのか? 私はそうは思いません。与えられる情報を際限もなく受取るのは、普通とはいえない。精神衛生上もよくない。入院体験からいくと、TVがつまらないと70代は散歩に出かけられます。「知っとるな?」と私に話しかけられる。

 一般家庭でもTVが見られないとなると花壇をいじり、ゲートボールにお出かけ、友人宅に話し込みに行かれるはずです。その方が健康ではないでしょうか? 日に6時間は見すぎと思います。地デジは一部有料も検討されているそうです。そういう見方からは反対しません。まあ価格が問題とは思いますがネ。

 それにTVだけが放送ではない。ラジオという手もある。入院してTVとラジオを見、聞き比べると発見があります。TVは見過ぎると肩がこってくる。つぎに腰が痛くなる。
「アンマ呼んでもらおうかしらん」と隣のベッドの住人がいいます。
「どうしてだろ、この頃、腰ん痛か」
「そりゃTVの見すぎでしょう」と私。
「そうかなあ。TVで何で腰の痛とうなると?」隣人は納得がいかない。
「何時間もTVの方を向いて、不自然な姿勢でいる訳でしょう。体のあちこちが痛くもなるでしょうよ」

 ラジオは姿勢は自由で好きなように変えられます。体が痛くなることはない。読書も姿勢に関して同じで限界があります。私は入院生活では読書派なのです。
「あた、TVは見らんにゃ。よう、見たもんのコツの判るな」
「(笑)ちょっと心当たりがありまして」

 TVの時代も終わりかもしれません。誰にでも限界がある。向き不向きもある。だが限界を越え、不向きを克服しなければ自由になれない。どこか、いや、たぶん身障者の暮らしは老人の暮らしに似ているのです。TVは有料になって高画質、高音質になっても……誰がどう幸せになるか。誰がどう、自分を解放出来るか……それは別のこと。悪くなった目に、悪くなった耳に、必要なのは? 見たことのない自分にどうすれば会えるのか。その方が問題と思います。

2006年1月26日 (木)

車椅子から

 A君は車椅子身障者です。生活保護を取って暮しています。
歳は30近くなるが誰もAさんとは呼ばない。A君は子供のようにA君です。
A君は生活保護ですがTVも持っていればDVDプレイヤーも持っている。
倉木麻衣のCDだって持っています。特別、欲しい物は何もなかった。

 あえていえば輸入車椅子のマイラが欲しかった。今の車椅子は補助具で取ったもので
機能的には不満がなかった。だが不格好でした。身障者集会で見かけたマイラの
車椅子のようにスマートではなかった。それが気に入りません。
マイラを手にするには40万ほど工面する必要がありました。
しかしA君には方法がありませんでした。

 ボランティアの三島さんはマイラの話を聞いて、
「そのくらいなら」と言い出しました。三島さんは大学生ですが
何を考えているか判らないところがあり、能面とあだ名される人でした。
「A君、覚悟はあるね」三島さんはいいました。A君はどうするつもりか聞きました。
三島さんは細い目で笑うだけで何もいいません。
「ちゃんとした話を聞いてくる」とだけいいました。

 翌日の午後、三島さんは赤い寝袋を持ってきました。いつかA君の風邪の看病に
泊まった時、使った寝袋です。そして湯たんぽと女物の毛布。
「泊まるとは私じゃなか」三島さんは細い目で笑います。
「今夜、泊まり来らすけん泊めてね……なら急いどるけん」と三島さんは
帰ってしまいました。

 A君の話を聞いて、マイラの車椅子を買ったのは友人の山田君でした。
山田君も生活保護の身の上でしたが、山田君には内緒のポケットマネーがありました。
だが20万では金が足りません。山田君は学生に頼み込み、証券口座を開きました。
株を買い、1年後、3倍に膨らましたのです。山田君はマイラを手に入れ、
さらに株投資を続けていました。ところがある日、株は口座ごと無くなってしま
います。
 むろん犯人は口座の本当の主、学生でした。山田君は笑って警察には届けませ
んでした。

 A君が寝ようとする夜1時を回った頃、小さく扉を叩く音がしました。
そして声がしました。鈴を振るように若い女の声です。
「Aクン、Aクンデスウ?」それはデスカのつもりらしかった。
「三島さんの友達? 三島さんはいないよ」
「ミシマ? Aクン……」若い女はまだ何かいったがA君には判らなかった。
浅黒い肌は日本人ではないらしい。A君は怪しげな英語の会話を試みたが、
それも成果がない。

 何も判りません。ピンクペーパーという言葉を女は何度かいったが、
A君にはその意味も判らない。女は赤い紙を出して見せました。
東京都の婚姻届けの用紙でした。A君にも事体が見えてきました。
結婚相手、つまり国籍が欲しいのです。40万はその代金というわけです。

ここは東京ではない。この紙は通用しない。明日、市役所にいかないと
それに今は、君には金がないようだね」A君はいいました。
どこまで女が理解したか。
湯たんぽを沸かすと3時近くになります。
「寝よう」とA君といい電灯を消しました。

 翌日、早くに女は起きだし、
冷蔵庫の食パンを切り、実のない味噌汁を作ります。
低血圧というより単なる習慣なのですが、A君は昼前に起きたことがないのです。
女は朝から出かけ一枚の紙を持って帰って来ます。
白い結婚届の用紙でした。

 午後から女は仕事に出かけるらしい。
三島さんが来ないので話が通らないのですが、女は風俗に勤めるらしい。
例によって毎晩、遅くに帰って来る。やがて女は40万の耳を揃え、
あの署名をA君に迫りました。

 契約結婚のハンコを押した後で、置かれた金を手にしたA君は、
試しに聞きました。
「もし僕が40万作れたら本気の結婚してくれるかい?」
 女は首を傾げていましたが、こういいました。
「ラブミイ? ディスズ、プロポーズ?」女は笑顔になりました。
「初めて通じたようだね」取り上げた金を置いてA君はいいました。
「車椅子より欲しい物がボクにはあるようだ」

 山田君は自分の名義で口座を作り、頭金を借り株を始めたそうです。
近く生活保護を返上するといっています。まだ三島さんは来ません。
それで事情が判らないのですが、あの女はまだA君のところにいるようです。
あれから女はA君のことをA君ではなく、Aさんと呼んでいます。

        (本編は小説です。モデル、実在者はいません)

2006年1月25日 (水)

虹が見たい!

今日の写真は35ミリで撮りました。
昨日のはトイカメラです……あまり違わない? まあ、いいや。

ある新聞の写真「月に浮かぶ鳥」が、実は合成だったといいます。
記者は軽い気持ちで作ったら、ほめられ、そのまま出稿したという。
あまり詳しくなくとも判る合成ですが、
                    こういう映像への需要は高い。

さて私が作った合成写真です。人に見せるといわれます。
好評は社交辞令か冗談だと思っていると、やがて本気と判ります。
――こんな虹はありませんよ。
「ないの?」
――ありません。見たことないでしょう! ないものは写せません。
「そうぉ〜お?」
――(言葉がない)

見たこともないものを信じたがる。
見たこともないからこそ、つまり現実に対する要求か。
それともただの夢か。それが現実を見えなくしていないか?
写真ほど本当の虹はクッキリしていません。
蝶の大きさに都合よくもありません。

2006年1月24日 (火)

大変!

「かけはし」というミニコミ誌を出しています。
その新号に最終校正を入れてプリンターにかけます。
紙の媒体は大変です。字が大きい小さい、プリンターの性能が落ちているので
画数の多い漢字は出ない。いや前後の文から理解が行くだろう。
とか……

昔、ガリ刷りの詩集を作ったことがあります。
謄写版の大変はパソコンの比ではありません(笑)かなり前の話ですな。
もちろんガリ刷りは写真も入りません。
イラストか、文字サイズで変化をつけるしかない。
ブログは写真は入る。紙代いらない。印刷の手間がない。
……ただ読んでくれる人もない……オチをつけてどうする。

そういう事でブログはブログで、大変と言えば大変ですが、
まあ、お気楽メディアであります。手間がないと……
責任の重さも出て来ません。こんな軽い話に終わってしまう。
心に残る、あるいは引っかかる刺のような言葉そんな一行が書けない。

いつものように暮れていく日の、その日のしまい方。
今日の持つ、かけがいのない意味、
この実感をこぼし、流し去ってはならないと、
CDの中で歌うノラ・ジョーンズの声のかすれ。
交差するテールライト、バスの排気の色は
朝の望みをあきらめへと押し流す。
今日の忘れ物はないか。まだ取りに行ける。そろそろ難しい。
もう無理、無理そうだ。車をUターンさせて、あきらめがいう。
時間は忍び寄り、首から肩の辺りで乾いた匂いをさせる。
忘れたんじゃない無くした物、帰る家。

これは写真につけた詩です。
……さあ、プリンターが止まりました。
ブログをつける私と謄写版を刷った私とは近く遠い。


2006年1月23日 (月)

中流意識

あなたの家は中流ですか。中流がなくなり下流と上流に分かれるとしたら、そのどちらですか?

ブログ講座の開講で「申し込みが多かった」と挨拶があります。
私は3日前に申し込んで補欠2位ですから、現実は違うかも知れません(笑)
ただ私はFAX申し込みをした。受付がFAXで
ふるいをかけたとすれば挨拶は現実とも合致します。

昔、入学の合否をメールでやった私立校があったとか。
パソコンを持っているいないで生徒、
ないしその家庭をふるいにかけたらしい。

これも前に、近所の奥さんがFAXを買うんだと勢い込んでいました。
事情は知りませんが、ろくに使い方も知らないで……
ふるい落とされるのが嫌だったのでしょう。

私はFAXを、正確には持ってない。
パソコン内のソフトを使えるようにしています。
今回これで対応した。どうも補欠で引っかかったには訳があるようです。

毎日新聞が意識調査で中流意識には変化がないと結論づけます。
一方で新書「下流社会」が売れています。三浦展さんは
「彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。
その方が楽だからだ。」と指摘しています。

確かにパソコンやFAXは厄介な道具であり、操作を覚えるだけで大変です。
ただ価格はそうでなくなった。パソコンやFAXは、中古、もらい物、
フリーソフトを問わず、中流を今も上流と下流に振り分ける
ステータスグッズなのかも知れません。

もし明日、中流がなくなるとするなら、
あなたは上流、それとも下流……そのどちらを志向しますか?

2006年1月22日 (日)

交渉

交渉は大事です。
その認識が深まり、交渉人というタイトルの映画や、
職業交渉人が出てくるドラマもあります(?)
私は交渉がうまい訳ではありませんが成功したケース、
実績めいたものがあります。その例の新しいのを上げます。

MP3は電子のウォークマン、パソコンにつなぐそれと思って下さい。
9月にヤ○ダ電器で買ったのですが
12月に液晶の表示部分が壊れます。
そこで店頭での交渉です。
店員「あ、それは免責になっています。
ぶつけたりすると飛んで見えなくなる。液晶TVも全部そうですよ」保障対象ではないトいいます。

――そ、そうですかあ。有料だといくら位するものですか?

店員「そうですねえ……」落ち着きはらって話している。
私は話は聞いてない。やっぱりそうか。
何とかならないかなあ。持ってきた保証書がチラと見える。
覚えはないがどこかでぶつけたのだろう。
そうそう、こういう場合が書いてない。それでダメ元で来てみたんだ。

――そうですねえ。私もね、そうも思ったんです。
でも保証書には書いてないんですよねえ。

店員「……」保証書を読み出す。あわてている。
あ、いけるなト私。一気に詰める。

――こうしましょう。メーカーに出してみて下さい。
液晶は飛んでるが傷はないでしょ。
いわれるとおりかも知れませんが私には覚えがない。
メーカーが保障しないと言ったら、私も引き下がります……
ネ、書いてないでしょ。出してみて下さい。

こういう場合に保障するのは店です。
電気店の友人に聞いたことをうっすら思い出す。
店員は心なしか肩を落とし、姿勢が先刻とはコロリと違う。店員は書類手続きに入り「電話でお知らせします」

これで終わり。要領があるとすれば落ち着いて話すこと。
書類は読んでおく。故障状況はつかんでおく。
旗色が悪いようだったら窓口を変える、
この場合「店長と変わって」という手もあります。
がんばって下さい。ダメ元ですか? 

私は、あなたの勝利に向けて応援します。

教わったこと

今日、ブログの講習。
実は、やろうか止めようか迷っていた。
講習を申し込んだら補欠2となる。
2時間前に決まり受講。
簡単とナメてたら、それほど簡単でもない。
理解が多いというのではなく進行方向が見えない。
まあ慣れていくことだろう。

24人の参加者中、男は10名くらい? 
九電イリスの場所柄もあろうが女性上位、
男性の意欲は低い。
受講料500円、タバコだめ……だって、
男が来ない原因かな(笑)

講座の最後に話があって、トラックバックが難しくなっている。
ブログ人気がいわれて何年もないのに、
欠点がいわれ出しているのにがっかりする。
HPがそうでメールがそうで、
電話がそうで井戸端会議がそうで……
コミニケーションは全部そうだ。
やめとけばいいのに開くブログって何だろうね。
そんな感じでオープンです。

はじめます

ここで「かけはし」ブログ版を始めます。
かけはしというのは私が属する障害者協会で出してる
ミニコミ誌です。
障害者問題だけを取り上げていた時期もあります。
最近は関心が向いた事を何でも取り上げています。
身障者だ、障害者だ、弱者だといっても、
現実関係ないことも多いからです。
ここもあまり大きなポータルサイトではない……ということ
なのでしばらくは、あまり気にしないで書いていこう
と思います。