2017年10月23日 (月)

若冲の雪

Zyakutyuyuki

 元気塾で講演会がありました。今回、講師は県立美術館の金子岳史さん。「若冲とみやこの美術」細見コレクションの精華……話題の絵師、若冲というので注目しました。謎の浮世絵師は写楽だが、若冲のどこがどう注目なのか……この段階では分かってません。
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 金子先生に質問しお答えをいただき、何とか書いてます。金子先生は色んな流派を勉強して後に若冲流を打ち立てている……若冲には特別性はない言うか、お考えで……私は時間や年月の受け止め自体、感性に特色を感じます。
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 前回、書いたように鶏はスーパーリアリズムの概念に合致します。だが鶏以外の題材については符合しない。竹に降った雪などはリアルでなく普通に見える……関羽とか宝珠とか縁起物、誰にでも喜ばれそうな絵も、後年は色々と描いています。
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 すると絵全体はーパーリアリズムや高機能自閉症の符合はない、ようにも見えます。琳派や狩野派に入門するには年齢的に遅かったのか? 何か不都合があったのか、そういう謎解きいうか理由が必要です。
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 若冲は結果としては長生きするが、40才を目前に絵師になっている。人生50年なら、急がなければト考えたのか。その画号の意味は老子の言葉から自分で付けたらしい。「本当に満ちている物は空っぽに見えて、その働きは枯れる事が無い」の意味。
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 物事には見かけではない深い意味がある、いう所でしょうか。孔孟が主流の中では、老荘は亜流になります。人間社会の表面的な規則より、自然に生きる意味を重視した。動植採絵などのネーミングに、そういった哲学性が出ます。人付き合いよりは生死が問題といった考えです。
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 溶けかかる雪に関しては鶏のようなスーパーリアリズムは断念されたらしい。雪は菊花に降り掛かって僅かに花びらが見える。つまり初雪か、それに近い季節時候です。夜から朝にかけて雪は振り、今は止み昼の光に溶けていくのでしょう。
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 下手をすれば醜い。なぜなら菊や植物の茎を伝う雪とは、高層から地上まで空気中の汚染物を吸い込んで、ただの泥水です。だが、したたりは泥水とは描かれず、白い雪としても描かれず、中間的な若冲的な象徴として、絵の中に存在します。これは私には不思議に見えます。
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 微妙な移ろいに時間が過ぎていく。年末年始の大きなイベントではなく、若冲は、その前の秋の終わり冬の始まりに注目します。人で言えば中年から初老に向けての時期がある訳で、例えれば小津安二郎の映画のようなブラッドベリの短編集のような味わいを感じます。
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 戦国時代はともかく、中年も初老も江戸時代にはありました。それは数年だっと思われ、今のように10数年なんなんと長く伸びた時間ではなかった。今は中年以降を水泳ピラティス、お能やダンスによって体を維持しないといけません。不用意に数年、何もしないでいると恐ろしい状況に陥る。
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 前回、書いたように朝早くから食べ貯める鶏のように、中高年は金力ならぬ筋力を貯めなければならない。昔は知らず今は鶏は空を飛ぶ訳ではない。なぜ勤勉に食べ続けるのか? 雪の寒い朝ぐらい、少し遅くまで寝ていてもいいじゃないですか、ねえ。
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 人に飼われ飛ばなくなった今、鶏の一生はいったい何を意味するのか? 解け溶けかかる雪は何を意味するか? 100年後ではなく1000年後と若冲は言いましたから、私の出番ではないのでしょうか。若冲の絵は解けない謎のように存在しますなあ。

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●同美術展は10月24日に後期に入ります。11月12日まで熊本県立美術館本館2Fでの公開となります。まだ行かれてない方はお急ぎ下さい。

●なお次回、元気塾は。

◆日 時 平成29年11月22日(水) 18時~20時
◆場 所 熊本市流通情報会館5F 第1研修室
◆内 容 『パルスパワー技術を駆使した
        イノベーション創出と日本の産業復活』
◆講 師 熊本大学パルスパワー科学研究所前所長
       名誉教授 秋山 秀典 氏

〒862-0967 
熊本県熊本市南区流通団地1丁目24番
熊本市流通情報会館
TEL 096-377-2091
FAX 096-377-2096

2017年10月17日 (火)

若冲の鶏

Niwatori

 伊藤若冲の絵の謎を解くべく、県立美術館に向かいます。「私の絵は1000年後に理解される」との言葉を残した。天才絵師は極彩色と精密な筆致で鶏(オナガドリ)などを描き「神の手を持つ男」と呼ばれています。
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 今日の天気予報は雨、それでも曇空はわずかに青い部分も見え……どこにも寄らずに急げば振られずに帰れそう。パンフレットで見る若冲は、ニワトリが好きで庭に数十羽放し飼いにしていたという。
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 なぜ鶏が好きか? 本当は孔雀を飼いたかったが当時は無理、では、なぜ孔雀か? 孔雀は鳳凰のモデルで……生きた鳳凰を無理にも見るには、鶏を飼うしか手段がなかった……もっと理由はなかったか?
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 そこまでは現物の絵を見なくとも分ります。絵を誰かが描いた絵に学ぶのではなく、極彩色と精密の現実から学びたかった。誰かがすでに概念化した概念は、本当とは限らない。若冲はリアリストだった事を示します。
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 似たような話ならあって、レオナルド・ダ・ビンチは最初から師匠より上手かった。師匠の絵をなぞって上手くなったのでなく、観察力、写実力が師匠よりあった。現実を師匠としていた事を意味します。
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 レオナルドはアスペルガー症候群だったといわれる。高機能自閉症と訳される。現代と違う限られた絵具、墨はワンタッチで一気に書かれている……若冲の絵は修練の技も見られる。ついレオナルドと比較したくなる。
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 そうか、自然や現実から学べば誰でも天才になれるのか? そうは行きません。鶏の動きは早く目に止まらない。虫を見つけると首を縮めて寄り、次の瞬間にはバネ仕掛けのように早く首を伸ばし食べていて……のみ込む仕草が見えるばかり。とても絵になんて出来ない。
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 むろん虫を狙ってない、動作の準備もしない時の、止まった絵は描けますが、それを描いても生気を封じ込めた事にならない。動かないポーズではなく、前のポーズから次の動きまでを一瞬の後を見せる。連続させ重ね合わせた、絵がまるで動画と動いて見える。
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 ニワトリも含めて鳥は象徴として、歩くより走るよりも熱量、カロリーを必要とする。つまり飛ぶという行為は絶え間なく勤勉に、一生懸命に食べなければならない。空想の鳥、むろん鳳凰と違うとしても、牛と違い、犬や猫とも根本から違う。
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 若冲は贅沢や音曲、女性にも関心がなかったトされる。家系は代々、青物問屋をし、裕福だったが、それを早くに弟に譲った。青物商いと鳥の暮らしは重なる……鶏や、花の上で溶けかかる雪の画題は、これを象徴して見える。
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 家督の問題があって父はレオナルドを引き取ろうとした。だがレオナルドはすでに成長しており後継者として適性に欠けた。父はレオナルドを後継とすることを断念した……といわれる。あいまいなエピソードとエピソードを重ね合わせても仕方がないが……
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 家督を弟にゆずった若冲のエピソードは、そう解釈すればだがレオナルドの父の心情と重なる。出来るとするは必ずしも重ならず、出来てもしないことは誰にでもある。私がいうのでなく若冲の敬愛した老子のいう事です。
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 空が怪しい。天気予報は雨です。ある種の共感を込めて若冲が鶏を描いている。それを発見した事を収穫として今日は帰ろう。若冲のもう一つの執着、溶けかかった雪の解明は次回とします。

2017年10月12日 (木)

マインドフルネスの至福

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 一番、簡単なのは座右の銘、モットーというのもあります。具体的にありがちなのは和ですね。哲学的な支柱として「和をもって貴しとなす」……憲法という説もある。本当にそう思うのか? どうしていいか分からない時の原則なのだが……
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 実は処世術というとがっかりされる。処世術は相手が仲間内の場合はそれで通用するが、外部の人が多く交じると難しくなる。まあまあ、今日のところは……というと場の空気でまとめ、採決はしないで決める。
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 エイリアンが一人で徹底抗戦、白黒をつける論議にもって行くと、多数派になる場合もある。エイリアンは弱者のひとり狙って、口で攻撃する。多数の者も口撃の巧みに恐れかなわないト、一人ずつエイリアンの手下になる。
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 つまり多数派も最初から多数ではなく、理由があって多数派が形成される。理由は合理的、正しいとは限らない。最初は正しかったが、時間に古び劣化したかもしれない。その時々の合理性や正しさを見つける。普通凡庸ではできず時間もかかる。
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 そして多数派は形成され類型を学び、やがて保守性を身に着けていく。和をもって貴しとなすとは争ってはならない、いう意味です。争いは時間のムダ、労力のムダ、心労のムダ……確かに間違いではないのだが。
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 同じ頃に中国から入れたの知恵に孔子孟子の思想がある。老荘の扱いはやがて軽くなり次第にぞんざいになった。思想には盲点がある盲点を突かれると弱い。孔孟は書いたように対人間の教え、社交術であって一番、基本的な思想ではない。
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「然」は自然の然です。則天去私は漱石の愛した座右の銘だが、社交ではなく根本的な自然な生き方、然はないだろうか? そういう意味になる。漱石は英語の前に漢語を学んでいたが、漢語には孔孟に混じって老荘があった……らしい。
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 いわゆる日本的なモノとは多分に中国的なモノでもあります。セカセカしないでゆったりと構える……と言います。座禅とか散歩とか寺院参りとかは、スタイルやファッションと違う、もう少し現実的な意味があるのでは?
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 話は結局、ジジイ臭くなって来た。これだから年寄りはダメ……ダメとは言うな。ニューヨーカーが「マインドフルネス」を特集して入門講座での効果を報告している。事前と事後を測定するに。ホルモンの分泌がよくなり脳内に変化が生じた。
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 ゾーイ・シュランガー記者による「マインドフルネスの至福」は信ずべきか信じざるべきか。それにしても効く哲学があり、効かない座右の銘がある。何となく脳科学者の中野信子さんが言いそうな内容です。 

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2017年10月10日 (火)

カズオVS春樹

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 村上春樹はダメで、なぜカズオ・イシグロがOKになったか? 今年のアカデミー文学賞の選考理由は、すんなり理解できました? 去年度に村上の受賞はない。そう断言した私としては首を縮めました。
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 ざっくり言うと「ノルウェイの森」になくて「私を離さないで」にあるモノ? 2作を比べ見て、ひとつ謎を解いてみましょう……いい加減過ぎかな、いや話題をゲーム化して文学で遊びましょう。
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 文学とはいうけれど2作はどちらも純文学ではなく、内容が軽い言うか、若向き、誰でもチャレンジできます。恋愛が題材であって、人生の長帳場についての言及は薄い。それもこの際は長所と取りましょう。
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 新刊ではないのでブックオフなら、両作そろえても千円で買えます。DVD化もされているので200円あればレンタルも可、本を読み慣れない人でも参加も出来ます……私も再読はせず映画です。
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 話の方向をあらかじめ絞りますと、表立っては書かれませんが、潜在的には宗教の違いが根底にあります。つまり仏教とキリスト教による解釈の違い。キリスト教は奇跡に祈る宗教で、仏教は悟りを開く。マインドフルネスとか、悟りに注目が来てます。
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 「森」の直子は20になり、2人だけのバースデイです。ワタナベに向かって印象的な事をいう。成人までの時間に猶予があればいいのに、19才からもう一度18才にもどり……ゆっくり20才になれたら生きる事が苦しくないのに……生きるのが苦しいと感じますか?
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 ここは「離」の臓器提供の猶予制度と似ている。「離」に出て来る主人公たちは臓器提供のために生かされ、およそ20才から30才までに死ぬ運命……ただ仲間うちで本当のカップルになれたら提供は3~4年、猶予されるらしい……そういう設定です。
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 生きるのが苦痛な直子は精神病を発症し、自主的にサナトリウムに入ってしまう。大人になると責任が伴い、それで自殺や精神病を発症しやすくなる。私にも統合失調から自殺に至った友人があります。それは判るが精神病にサナトリウム療法はない。ウツ病にも統合にも、そんな治療は存在しません。
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 ここは提供と同じフィクションです。結核のサナトリウム療法は「風立ちぬ」でも描かれ、まあ、あんな感じです。私は結核ではないが、20才までの3年ほどをサナトリウムで送りました。直子が望むような、一種、ゆるい場所で……村上さんの意図が、ある意味ではよく分かる。
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「離」のヘールシャム学校やコテージや一種のサナトリウムと読めます。では社会がルールを甘くしてあげれば、直子は無事に大人になれたか? 「森」では奇跡は起きない。ワタナベを置いて直子は自殺してしまう。「離」では猶予のルールが、不確かなまま噂で伝わり実際は……青春にサナトリウムは効くか?
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猶予されれば主人公たちは深く生きられ、提供するから浅い生になるのか? 一人になった主人公も、自分の提供日をむかえ「提供を受ける人も提供する自分も同じこと」ト悟ります。奇跡を求め奔走するのがキリスト教的で、仏教では終りを見届け、その意味に気がつく。
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 ワタナベにとっては青春全体がサナトリムで、もっと言えば3人の女性とのセックス自体がサナトリウム効果をもたらし、こういう形であれば不倫にならない。あるいは罪が軽い……つまり仏教的です。でもセックスは結婚の形を取らなければ許されないのでは……そうみればキリスト教に縛られる。
 それはともかくこう見てくると両作は似ている。偶然似たのはなく、イシグロさんが村上を読んでいたから……そう考える方が自然でしょう。「ノルウェイの森」に影響されて、宗教の違いをより意識して「私を離さないで」は書かれた。
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 提供するとされるが同じか……むろん議論は分かれます。人という字は支え合う二人という解釈はよく言われる。ホントは支える人と支えてもらう人が一緒にある。キリスト教も宗教、仏教も宗教、こういった適当な話をして経済活動にする……幸福のために不倫を許しあう愛だってアリなのでは?
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 長命化とか超能力とかタイムスリップとか、簡単にいうとあれ全部、奇跡です。奇跡が起きれば人は必ず幸福になれるか。キリスト教的な価値が大きくなり過ぎて……仏教的に緩和が図られた。マインドフルネスの流行や、ノーベル文学賞選考にも入り込んだ……それが私の読みになります。

2017年10月 8日 (日)

倫敦塔~ジェーン・グレイの処刑

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 ロンドン塔は古い城塞だったが、政治犯を幽閉する監獄、処刑場として使われた。禍々しくも今なお幽霊が出る。つまり熊本城とは違う。漱石がロンドンに行ったのは1900年、明治でいうと33年、33才のこと子供も生まれた後のことです。
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 漱石が亡くなるのは49才、言うまでもなく今の一生から考えると、ずいぶん短い。「倫敦塔」を書いたのは直後ではなく5年後、38才、東大講師時代に書かれます。「倫敦塔」が先で同じ頃に「猫」を連載、あいだには「坊ちゃん」も書きます。
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 それで気になるのは漱石が倫敦塔に行った。そこでこの絵「レディ・ジェーン・グレイの処刑」を見たという内容を……文章にした動機です。同じ頃に書いたのなら猫も同じ動機と思われますが……5年後に何でこんな話を書いたんでしょうか?
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 懐かしい思い出、楽しい思い出いうなら分かりますが、こりゃあハーンか、泉鏡花です。 鏡花はあれが趣味ですが、漱石は違う。絵を思い出し取り上げた動機がある。そう話を立てましょう。絵の説明いうか、漱石が文章で再現を試みた所を下に引用します。(青空文庫からの引用、よみがなが混じる)

「猫」とは違う文体で、どこを違えて分けたのか……ただジェーン・グレイのように禍々しく写されているのは、ある意味で猫も同じです。誰にも受け入れられなければ死、「猫」は冒頭で書生に食われると読者にうったえています。
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「倫敦塔」では塔に入る前に子連れのジェーン・グレイに似た女性を見かけたという。親子は鴉の話をしていた。本当だか幻影だか作ったのだか、それは知りませんがね。そういう意味では似ている。いえ漱石は間を置かず、2つの作品でほぼ同じことをアピールしてます。
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 「倫敦塔」は当時としては常識的な漢文書き下し体というか、この3年後「草枕」でも使われる。猫の方を発展させた文体は「坊ちゃん」で、猫の文体は落語です。漱石は小さんの落語が好きで原稿用紙の上で、小さんのマネをした。
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 だからユーモラスなんです。倫敦塔のような漢文体で何本も書いていたら、自分の息が詰まる。東京大学講師で食えるようには成ったものの、学生の評判は悪く教授たちへの評判も悪く、漱石は陰鬱でした。教授になれない講師で終わる可能性があった。
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 漱石の持病は今で言う、躁鬱か統合失調かは知りません。予定より早くに帰国した。後の修善寺の大患とか「行人」執筆中の行き詰まりとか、精神病を抱えていて……実は漱石は発病発作寸前だったト、私は思います。そうでもなければこんな陰鬱な文章は書きません。
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 むろん評判になったのは猫で、しかし評価が高かったのは草枕です。草枕を見て朝日新聞は雇いに来ます。だから東大を辞める、辞められたのです。用心して編集長ではなく社長と約束を交わす……それは先のこと漱石自身は、文明開化落語体とも言うべき文体で、自分の鬱を笑い飛ばしたかった。
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 新聞一作目に「草枕」のようなと注文があったかも知れません。そして「虞美人草」は漢文調です。何しろいまだに「草枕」を褒める人があります。坊ちゃんはダメだ、言う人がダメと私は思う。猫や坊ちゃんで開発された文体は「三四郎」に統合されて行きます。
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〇倫敦塔より 「 女は白き手巾ハンケチで目隠しをして両の手で首を載のせる台を探すような風情ふぜいに見える。首を載せる台は日本の薪割台まきわりだいぐらいの大きさで前に鉄の環かんが着いている。台の前部ぜんぶに藁わらが散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎ようじんと見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩くずれている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣ほうえを裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色こんじきの髪を時々雲のように揺ゆらす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉まゆの形、細き面おもて、なよやかなる頸くびの辺あたりに至いたるまで、先刻さっき見た女そのままである。思わず馳かけ寄ろうとしたが足が縮ちぢんで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探さぐり当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。最前さいぜん男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分すんぶん違たがわぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫おっとギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」と聞く。肩を揺ゆり越した一握ひとにぎりの髪が軽かろくうねりを打つ。坊さんは「知り申さぬ」と答えて「まだ真まことの道に入りたもう心はなきか」と問う。女屹きっとして「まこととは吾と吾夫おっとの信ずる道をこそ言え。御身達の道は迷いの道、誤りの道よ」と返す。坊さんは何にも言わずにいる。女はやや落ちついた調子で「吾夫が先なら追いつこう、後あとならば誘さそうて行こう。正しき神の国に、正しき道を踏んで行こう」と云い終って落つるがごとく首を台の上に投げかける。眼の凹くぼんだ、煤色すすいろの、背の低い首斬り役が重た気げに斧をエイと取り直す。余の洋袴ズボンの膝に二三点の血が迸ほとばしると思ったら、すべての光景が忽然こつぜんと消え失うせた。」


〇作家でドイツ文学者、中野京子氏が2007年に出版した美術書「怖い絵」シリーズで紹介した。ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』(1833年)が10月7日から上野の森美術館『怖い絵』展に来てます。ロンドンまで行かなくても絵が見られます。解説は中野さんが書かれたか、吉田羊さんが読まれたそうな。

2017年10月 4日 (水)

パルムの僧院

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 誰でもそうと思いますが、地震はどうしたらいいか判らない。熊本市では震度7の地震が続けて2度あり、いい大人が手も足も出ず、困り果てた体験があります。
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 あんな地震がもう一度あれば、さすがにガスを止めテーブルの下に逃げ込むくらいは出来る。だがそれ以上に賢い行動を取る自信は未だになく……体験の意味はそんなものです。
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 ここで地震と自信をかければ話は落ちる。いい大人になれば大抵のことに、人は自信を持てるが、大岡昇平さんも恋愛体験に(性愛も含む)どうやら自信が持てなかったようです。
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 漱石にもカミさんがあった。愛人どころかカミさんももない私としては、両方あった大岡に教えを乞うしかなかった。だが大岡の自信のなさは私の地震体験どころですらなく、なんとも青天の霹靂となった。
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 そこで大岡の専門のスタンダールを見た。「パルムの僧院」は恋愛心理劇。若き貴族、ファブリス・デル・ドンゴはつまらない事で殺人を犯し、城内に幽閉される。そして人生の失敗が決定するまでの物語がスリリングに進む。
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 主人公は運命、あるいは出世をめぐって、年上の女性と若い女性の間を、行き来する。テーマと構成は「赤と黒」と大きくは変わらない。つまり災害心得手帳とか避難袋づくりが流行ったように、スタンダールは恋愛論を書いている。
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 年上の女性は具体的には母のことです。スタンダールの父とは不仲で、母はスタンダールを溺愛した。愛されるから愛を学び、愛する方向に向かう。受動から能動へと形を変える心理が、スタンダールの書いた恋愛術となります。
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 母の束縛がうるさいから、スタンダールは兵隊になってナポレオンのように出世しようとします。しかし武術の才なく軍で出世は出来なかった。「パルムの僧院」では決闘シーンがあり、若いファブリスは中年男をやっつける。
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 漱石は八雲のようには人望がなかったので、三四郎ないでは生徒に人望があったと書いてます。大岡は「事件」ないでは姉妹に男を取り合うシーンを演じさせる。私はそんなの何も書けません。
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 スタンダールは軍でイタリアに遠征体験があって作品にもチラチラ出て来ます。こういった先に若い女性と体験があるかも知れません。恋愛は男女どちらかがリードしなければならず、あまり平等にこだわっても進展は難しい。
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 年長者が普通はリードします。しかしリードする体験、される体験をペアで持たないと不満は残るでしょうな。実際にはリード体験のある男が、次々と女性をリードします。性愛に主なウエイトを置いて……
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 性愛ももちろん重要事項ですが、あまり重点を置かれても困る。食事、飲み物、美術、音楽、スポーツにアアだこうだ相性のすり合わせあうか、ある訳です。そんな面倒なといって重要事項だけ重点を置いて、あとは金で済ます。
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 そういうのもあり、どういうのもありです。スタンダールの時代はキリスト教が支配権を持っていて、一応の目安にはなった。そういう物の何もない自由社会と、どちらが生き易いのかは人による。
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 どうしたらいいのか困り果てる……その意味で恋愛も地震と変わらないモノという認識があった気がする。震度1か2の恋愛では困らんが、震度7で人生を揺さぶられる恋愛は困る……ただ人生に、そういうのはなしで終わる可能性の方が高い。
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 熊本もまた地震は来ると考える人と、来ないではないが何十年かは来ないと考える人があります。年の70に近くなって恋愛に準備なんか私はしません。そう決めると大岡の気が知れてくる。ただ問題は漱石です。

2017年9月28日 (木)

脳内麻薬と幸福ホルモン

Nakano

 気付き分かる。あるいは対応行動を取る。それがどうしてもワンテンポ遅れる。つまり判らない人はいます。間抜けにも終わった後で、今あったことを言葉に直して上げないと理解できないのです、そういう人はいる。

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 場面が終っていても前の気持ちを引きずり、次の場面でも屈託のある姿勢ですから、姿勢自体が違う。マイナス表現になるがイジけます。つまり一つ先の場面までも気持ちを引きずる。それは身障者にも少なくないです。

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 悪いとまで思いませんが、ちょっとヤボでしょうかねえ。性差、個人差はある。リセットが起こらない。終わった事は何もなかったに等しい。ニヒルになるのではなく、これからを大事に思う分、過去に淡白になる。前向きと言います。

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 何を書こうとしているか? こういった受け止めについては個人差があって男女差もあります。脳学者の中野信子さんが面白い発言を行っている。男より女性の方が嫉妬深い……という事は自分の認識の間違いで自身を傷つけている。

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 もう少し説明しないといけません。独身時代は男の方が嫉妬深いんです。元々は女性の嫉妬心はセーブされている。賭けやゲームやスポーツに熱中するのは、まずは男ですから、負けると悔しい、ここに異論はないでしょう。

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 女性が恋愛し、家庭に入ってダンナ子供を抱えると、その性差は逆転します。女性は自分の家庭やその維持に男以上に関心で、競争意識むき出しにします。女性は家庭の心地よさが大きな快楽源になる、それが原因と思われます。

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 中野説によると家庭から、幸福源から脳内麻薬が分泌される。脳はさらなる麻薬を求めて家庭をさまよう……部屋に掃除機をかけ浴槽、風呂桶を洗う。たいていの男は掃除機を毎日かける意味が分からない。一日置きでは何で悪いか?

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 週1で何が悪いか……男も脳内麻薬の中毒者である事には大差ない。ただ昨夜、巨人が負けた。巨人が勝たないと脳内麻薬が分泌しない。むろん掃除機にも浴槽を磨くことにも関心がない。家庭には晩飯の前のビールと、巨人戦があればいい。

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 女性はせっせと掃除機をかけ浴槽を洗うと、独身時代よりホルモンの分泌がよくなる。ホルモンの分泌がよくなると脳内麻薬の分泌もよくなる。一日に2回、掃除機かけたらもっと幸福になれるかも……何でこの人、家事に協力がないんだろ。そういう目で夫を見る。

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 毎晩、TVばっか見てビールばっか飲んで……それでも自分の幸福というか、脳内麻薬の分泌は、ダンナが浮気しない限りは維持されます。安定した家庭は女性に幸福を保証しホルモンの分泌をよくし、麻薬の分泌もよくしている。

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 ここで浮気とは、給料の減額、家庭維持金の減額を意味します。ダイソンの掃除機が壊れたら修理できない、代替え機だって買えないかも知れない……そうするとメラメラと嫉妬の炎が燃え上がる訳で、既婚後に愛情とは別に、女性は嫉妬深くなる。

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 恋愛感情そのモノはおよそ3年しか続かず、人間には一夫一婦制は合わない。向いてない制度を定着させたキリスト教の野暮だった。仏教とイスラム教がだらしなかった。いや日本では神道もつまらなかった。

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 私がいってるんではなく中野信子さんが言われています。男に家庭は必ずしも必要なく、つまり飲み屋のTVでも巨人戦は見られるからです。いって置きますが私個人はゲーマーではありません。ゲームで脳内麻薬は出ない。

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 いわゆる水泳中毒でプールに行く人です……コーヒー党でビールも飲みません。従ってここでは感情表現はありません。気付き分かり、幸福になりたければ対応行動を取ります。つまり夕食後はプールでしょう。

2017年9月26日 (火)

選挙予測

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 理由は子供の頃から成長してない。二言目には命がけを言う。つまり死を美化してるから根拠がない事もいえる。そういう事でしょう? 週刊ポスト9月29日号は自民圧勝を予想し、選挙民よ怒れと書きます。(文面の引用 下)

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 同調圧力とは均一化、同質化を価値にします。異質なものをイジメ、妬んで排除する。社会が幼い所で顕著です。どこかの国ではますます先進国ランクを下げ、国は借金と共に沈んで行きます……悲しい。
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 なぜなら税金のほとんどを、潰れていく大企業の延命に使い、将来には向けない。「未来への投資」のスローガンを見ました。これって「ごめんね」の反語です。その意味でスローガンは言えているのに今選挙では落選が決まってる。
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 落ちるのは誰だかは書きませんが熊本1区は松野頼久さんが通る予定です。始まってもない選挙の当確を書くんだから、どうかと思う。思いますが前回、都議選ではそこそこ内容を言い当てた週刊現代、10月7日号では来る衆議院選の予測を出します。(冒頭の引用 上)
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 こういった記事の尻馬に乗って、いや乗り切れないで書いている私です。バカですねぇ……森加両学園の問題に決着がつけられず「たいした事ではない」と言った政治家は何人かいた。自分でいうことではなく、それを選挙で決まる。
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 今選挙は大義なき選挙とも言われる。端的にいえば山尾さんの不倫疑惑が大儀かも知れない。むろん不倫は良くはないが、犯罪ではなく道徳的な事にすぎない……でも山尾さん切れ者で首相にダメージを与えた。その報復性が強い。
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 このイメージを広げ自民が民進を叩く所にまで拡大したい。自民のイメージは都議選の時ほど悪くないが良くもなっていない。マスコミを利用し印象を変えようとの試みを感じる……反省はなく今後に何が出て来るか分からない。
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 北鮮から難民が出そうな感じが強まってますが、これを銃殺の準備と言った政治家もありました。あの人、ヒットラー崇拝ですか? 私も韓国人は特別好きではありませんが、米ミサイルから逃げて来られる人を銃殺は出来ません。
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  持ちもしませんし、隊員やお巡りさんからピストル借りて撃たれます? いえ借りられたらの例えです。借りられないのは分っています。それこそ同調圧力で「撃てない奴は非国民だ」とか、そういう感覚です。
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 親の話じゃ昭和20年には竹やりで案山子を突いたと聞いてます。それとも、隊員やお巡りさんは、とても貸してくれませんから、やっぱり竹やりいうことに成るのでしょうか? 博多は海の中道に市民集合して訓練、予行演習とか。
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 いやあ、熊本市民も竹切って天草まで行くんですか? 熊本市から天草の西端までクルマで3時間もかかります。私のような身障者も徒歩で行く……竹やりで突ける足じゃないんですが……行かない奴は非国民。
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 そういうの国を守る気概になるのか。二言目には命がけになれ、死を美化してるから、根拠のない無茶苦茶がいえるんです。

2017年9月24日 (日)

ガンは身近な病い

Photo 元気塾で済生会熊本病院、高森啓史医師の「消化器がんは身近な病い」を聞きます。高森医師にはこの他〇通常型膵癌おける性差による治療反応性の比較 〇膵頭十二指腸切除術前胆道ドレナージに伴う胆道感染の細菌学的評価 〇膵癌に治癒は望めるか? —5年生存者からの検討—……といった講演があるという。
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 消化器がんというと食道から直腸に至る経路かと思ったら、乳がん、前立腺がんまで含むようです。私は50代で、20年前1998年に胆のうポリープが出来、胆のうごと取られました。面談や説明でガンの名称は出なかった。大げさに考える必要はなくなっている。
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 腸などでは小さなポリープは、内視鏡検査段階で取ってしまうのも傾向です。開腹手術の前に腹腔鏡手術で行われ、4.5か所穴を開けて軽い手術で済ます。(私の場合も開腹を覚悟していたら拍子抜けで)更に傾向は拡大鏡にかけてのロボット手術がある。
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 前立腺など、細かい部分をダビンチの名称機で行なわれる。ロボットとはいうが、むろん操作は医師、腹腔鏡手術が直線移動なのに対して、曲線移動が行える点に特徴……今や開腹手術は最後の方法になる。
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 最後の質問で出てくるが、患者の中にはそれでも切りたくない人がある。あまり前段階での手術はしたくない人いうべきか? 私のようにポリープ段階で取る必要があるのかを怪しむ? 私のは5ミリのが7ミリに大きくなったので取った。
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 ネット検索すると1センチ以上を切るとあり……実は胆のうは取ると副作用がある。あまり高齢の場合も手術事態が圧力になり、開腹すべきかすべきでないかで論が判れる……場合もある。「自分は切ったが……」と70才の方が質問に立たれた。
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 発症前にガンになる可能性を知り、発症予定部を取ってしまう。女優のアンジェリーナ・ジェリさんが血液検査で乳腺ガンの可能性を知り、お母さんが56才で亡くなった事情もある。複数の医師との相談の上、ガンの出ていない乳腺を切除しまった。2013年。
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 ジェリさんはこの方法に確信的で、2年後、これも複数の医師に相談し卵巣も摘出した。この時のガン出現率は87%だったという……可能性が高ければガンが出る前に切り取ってしまう。そういった方向での医療は「日本では行われないのか?」私、hataが質問します。
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 血液の一滴で、ガンの可能性は計れる、その時代はすでに来ている。それはドラッグイレブン等が数年前に広告を入れた事がある。価格は5000円前後だったが、売れなかった。針で指をついて血を出すのに抵抗がある……との声もあった。
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 もう一方で、人間ドッグは10万円前後、検査項目が多くて女性の方が高い。あと女性の質問があった。済生会病院で毎年検査したのに2カ月後の発症が見逃された。つまり人間ドッグの意味がなかったとの指摘で、更にいうと小林麻央さんケースに似ている。
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 細かい点は聞き取れないが女性の質問はネバっこく「ドッグの価値がない」あるいは見つけて欲しかった事を強調された。ガンは早くに見つけ、素早い判断で対処しなければならない。だが見つからないケース、切りたくないケース、判断できないケースも今なお少なくない。
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 高齢の場合は長生き自体が苦痛になるからだ……本人の要望と家族の希望が食い違うケースもあるだろう。前立腺肥大は尿の出で本人が一番判る。無論まだガンではない。早く切った方が前出したように軽く済むが、痛いという評判が広がった。
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 特別、痛いんですか? ある内科医に聞くと「友人が切ったが、痛いとは言ってなかった」どうも怖いので痛いという評判に変わったらしい。つまり男でも痛いのは怖い。そういう人は結構ある。その辺の受け止めは個人によってかなり分れる。
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 検査しなくても両親の亡くなり方は分かるでしょう? 分からなければ検査すればいい。ドラッグイレブンに問い合わせればいい。指に針を刺すのが怖ければ無理にしなくてもいい。むろん人間ドッグまで待ち超すのもいい。
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 やろうと思えば何でも出来る……長寿が怖いので安楽死の予約という人もある。何をしてもしなくても日本人の平均寿命は80才から86才を超え、なお毎年伸びる傾向にあります……全体においては贅沢と言えば贅沢な状況です。

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●「熊本元気塾」第5回は「伊藤若冲と江戸時代の画家」10月12日pm6、金子岳史 熊本県立美術館 主任学芸員を迎えて。講演問い合わせは流通団地内、情報会館にて。096-377-2091

2017年9月21日 (木)

相談2 泳げなくなった

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 男性同年輩70才、水泳仲間にプールで呼び止められます。健常者で、軽い受け答えだけしてると話が終わらない……地震を挟んで2年ほどプールに来なかったら1000mが200m、つまり極端に泳げなくなった……どうしたらいいかと、まあご相談2件目です。
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 私は地震前に3キロ泳いでいた。相談氏はそれに驚愕されたらしい……健常者からの指摘は数件ある。その感想には単に「スゴい」から「障害者で健常者の倍も泳ぎやがって」の嫉妬ニュアンスの方まで多様です。
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 私も地震のせいと年のせいで、最悪時は500mまで落ち……出来るだけサボらない方がいい。毎回伸ばすと、水泳距離は伸びる。当たり前だが年齢限界はある。健常者にはご指導申し上げるとか……率直な反応は出来ない。
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 テニスの伊達公子選手も再度引退された。プロの選手、ただの選手、アマのマニア、むろん健常者の、ただの高齢者、そしてリハの身障者……つながりはあるが同じにはいかない。それぞれに限界があり、限界内容にも違いがある。
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 私としては提言はためらわれる。自分でやってみるしかない。水泳距離は50mから300m、毎回増やす。不調もあれば節もあり一概に言えない。(私自身は現在2キロに復帰)将来、この先のことは分からない。
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 節に当たって伸びない場合も、年齢的な不調もありえます。毎日が好きな方があります。高齢になると毎日は辛いんじゃないか? 頑張って結果かが出るかは個人差がある。「超回復効果」といって2日置きでも、3日置きでも人によっては、あるいは、むしろその方が伸びる場合も。
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 年齢と男女で違います。個人差がある。私の場合は1日置き、つまり無理が効く人と効かない人がある。それから電気関係とかマッサージ関係とか、治療器がいい方もある。つまり治療機で無理を効かすわけです……さらに無理を効かすために痛み止めを使う。
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 錠剤ロキソニンは、夜間のオシッコ止め、私の場合は内科から出ている。重ねて出すと具合が悪いそうです。夜間痛みだすのは我慢するが、悪い夢を見る。筋トレと水泳、無理するべきか? いっそ止めるべきか? 医師はお任せしますトいう。
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 つまり手の打ちようがない……後期高齢はもはや手遅れです。リハビリは効かないとの説も、重度身障者から長く言われた話で、それが数年で引っくり返りつつある。常識的に見えただけで根拠がなかった。
(超回復、クエン酸の根拠は雑誌「ターザン」による)